2011年10月24日月曜日

エピクテートス 39 欲望のサイズ

エピクテートス


[39]


https://youtu.be/tOkkJggMzqM



エピクテートス提要 39


欲望のサイズ


以下の文中の「提要」の和訳は岩波文庫『人生談義・下』(鹿野治助)からのものです
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ケンガイ:エピクテートスの「提要」の 39 番をお願いします。
ケンナイ:39 番は:「各人の肉体[の要求]が彼の所有の尺度であるのは、ちょうど足が彼の靴の寸法であるようなものである。それでもし君がここにとどまるならば、君はこの限度を守ることになるだろうが、もし踏み越えるならば、結局絶壁から転落せざるを得ないわけだ。靴の場合でも同じことで、もし足を越えるならば、鍍金(ときん・めっき)した靴となり、次には深紅色の靴となり、次に刺繍を施した靴となるだろう。けだし一度尺度を越えれば限界がないからだ。」とあるね。
ケンガイ:「肉体の要求が所有の尺度」というのは、分かりにくい表現ですね。
ケンナイ:衣服は着用する人のサイズに合ったもの、というような意味だよ。衣服や靴などならすぐ分かるだろうけれど、家や家具だとどうだろうね?
ケンガイ:そうですねえ、身体のサイズと家のサイズは、衣服や靴などのような関係とは限らないのではありませんか?私の会社の社長は小柄な人ですが、家は大きな豪邸ですからねえ。
ケンナイ:そうね。土地・家・家具・車などになると、肉体の要求というよりも、心の欲求に従って大きさや価格が違ってくるのだろうね。
ケンガイ:私が定年退職して、子供たちがいずれ自立すれば、私は現住居を処分して、夫婦 二人のためのほどほどの家を建てるか購入して、なるべく静かな余生 を送りたいと思っているのですが、家などのサイズは分かっても、心の欲求のサイズというのは自分でもよくわかりませんが。
ケンナイ:書き出してみれば?
ケンガイ:何をですか?
ケンナイ:欲望・欲求をさ。
ケンガイ:紙に書くのですか?
ケンナイ:うん。人に見せるものではないのだから、遠慮無しに自分の欲望・欲求・願い・憧れなどを、何日も何ヶ月もかけて書き出してごらん。そうすれば、自分の心の要求サイズが自覚できるだろうよ。
ケンガイ:退職するまで、思い出すたびに書いていってみたら、その後何をしたらよいか分かるようになるでしょうか?
ケンナイ:どうかな。書き出したものは、前世以来の習気(ヴァーサナー vAsanA。記憶に染み込んだ潜在印象)に今生さらに付け足したものだから、全部を実現することはできないだろうね。
ケンガイ:実現できそうもないことを書き出すわけですか?
ケンナイ:逆だよ。書き出しても実現できないか、実現しないほうがいいんだよ。
ケンガイ:どういうことですか?
ケンナイ:あなたが権外に生きるというのなら、欲望を追いかけるのはそれはそれでいいだろうけれど、もしあなたが願っている余生の修行生活が権内に生きるということであるとするなら、書き出したものを毎日眺めながら捨て置くことを選ばなければいけないのだよ。
ケンガイ:何もしないために書き出すのですか?
ケンナイ:Yes.
ケンガイ:私は自分の欲求を書き出せば、あれこれ願いがかなうのかと思いましたが。
ケンナイ:書き出して、願いがかなわないように願うんだよ。
ケンガイ:あなたもそうしてきたのですか?
ケンナイ:いや、「書き出し」をしたことは無いね。気がついて手放すという覚触で処理してきたのでね。
ケンガイ:じゃあ、私もそうしてみます。
ケンナイ:あなたの気づきの薄さでは、それは無理だろうから、書き出してみるように言ったのさ。
ケンガイ:私の気づきは薄いのですか?
ケンナイ:質問するような人たちの気づきは、ワシの髪の毛よりも薄いね。
ケンガイ:は~あ…ずいぶん薄いということですねえ…
ケンナイ:Yes.
ケンガイ:自分の欲求の中には、禅僧やヨーギンみたいになりたいものだというような願望も多少は有るのですが、そういうものは書き出して眺めていても害は無いと思うのですが。
ケンナイ:もちろん。でも眺めていてもしょうがないから、実際に修行すべきだよ。
ケンガイ:そうしますと、書き出したものを、捨て置くべきものと、実践すべきものとに分類するほうが良いですね?
ケンナイ:そうね。大体書き出した後に分類してもいいし、初めからリストを分類形式にしておいてもいいし、どちらでもいいよ。
ケンガイ:大体書き出して分類整理してみたら、差し障りの無い分だけでも見ていただこうと思いますので、ご指導のほどよろしくお願いします。
ケンナイ:差し障りの有る分が問題なんだよ。