2011年12月25日日曜日

ヨーガヴァースィティ 13 : 5 瞑想行 1 アーナーパーナサティ 自動呼吸への感謝


5全体生命にめざめる瞑想行



http://youtu.be/kP6Oy0fTNm8

1 アーナーパーナサティ AnApAna-sati

自動呼吸への感謝


私たちは、頭で考えなくても、また眠っている時でも、ちゃんと呼吸できるようになっています。当たり前の事なのに、考えてみても不思議ですし、また驚くべき事ですね。空気があって、鼻や肺があって…ありがたいことです…

要旨


アーナーパーナサティは、釈尊が自分でも修行し、弟子たちに教えた修行法です。パーリ語でアーナーパーナ AnApAna は入出息(呼吸)、サティ sati は気づきを意味します。詳しくは『アーナーパーナ・サティ・スッタ AnApAna-sati-sutta』という経典に書かれていますが、その要点は次のとおりです:

気づきをもって息をすい
気づきをもって息をはく

ただこれだけですからとてもシンプルなのですが、このサティ(気づき)を持続するのは、なかなかむずかしいものです。きちんと坐ってでも、しゃヴァーサナ zava-Asana(仰臥姿勢)をしてでも、この息の観察を行なってみてください。


意識というのは有るようで無い、ぼんやりした場合が多い。息に気づく!という教えを明確に教えられる機会を持たなかった人たちは、一生どういう呼吸をして生きていたかに気づくことなく何十年かの後に息を引き取る、ということになるだろう。生まれたら自動呼吸で生きていける、飲食・排泄も自動的、眠るのも目覚めるのも自動的であるからこそ、生きものはうまいこと生きて死ぬことができるのだが、生きものは一生の間にいつでもうまく生きられるというものでもなく、生老病死の中間の二字が示す老病に苦しむことも多い。また仕事・人間関係などでの苦悩も体験する。そこから現象世界での人生皆苦に思い至り、「克服すべきは 今の執着 未来の苦悩見る者と 見られるものとの 執着が 克服すべき 苦悩の原因見る者と 見られるものとの 双方が 自他不二悟得の 理由から 結合してると 君知るや」への熱誠な修行に導かれることになる稀有な求道者も出るが、稀有な求道者たちの中のごく一部の者だけが一者セルフ Self覚智し、気づき無しの自動からサハジャ sahaja へと変容を遂げる。自動呼吸への感謝は全体生命にめざめる瞑想行の第一歩である…