2011年12月23日金曜日

ヨーガヴァースィティ 27 : 5 瞑想行 4c クリヤーと八識1


5全体生命にめざめる瞑想行



http://youtu.be/sZLGApgHkw8

4c クリヤーと八識1

A 対象から体験記憶へ


dharma(対象)の rUpa(ここでは赤ちゃん)が眼(根)から入り→視覚神経(眼識)を通じて“赤ちゃん”と第六識で判断(分別)し→その判断には「」--見た赤ちゃん、赤ちゃん--という[執着(愛・憎)絡みの]自(分)意識(第七思量識=第二能変が伴い→記憶種子として第八(蔵)識(=第一能変に保存される。



B 体験記憶から行動へ


第八(蔵)識に保存された記憶(種子)は→「」--見た赤ちゃん、私赤ちゃん--という[執着(愛・憎)絡みの]自(分)意識(第七思量識)を伴って→第六識(=第三能変)で判断(分別)され→視覚神経(眼識)眼(根)(対象)の(ここでは赤ちゃん)を作意(さい)して(向かい)→行動をおこす。



人は自分に都合のよい固定記憶(←先入観念・固定観念)ペットにするのが好きである。<固定>とはいっても可愛がっている間にこの記憶ペットも歳をとり、上書き保存の繰り返しにより、記憶の持ち主に支配されるだけではすまなくなり、主人のアタマを支配してついには精神病院にいっしょに入院するようなこともある。「私の my」所有対象は少なければ少ないほど軽安になるのだが、人は荷物も記憶も増やすのを良いことだと思ったり、心の種にしたりする。