2011年12月18日日曜日

ヨーガヴァースィティ 60 : 7 ヨーガと人生 8 自分とは何か?


7 ヨーガと人生



https://youtu.be/40WT235g9xk

8 自分とはなにか?


『ヨーガ・スートラ yoga-SUtra』において、次のように述べられています:
1.4 自分有り 心は全てを 分別視
このスートラ(経句。法句)の意味するところは、「自分」という仕切りを設けて(あるいは受け容れて)、その上で他の世界や自分の身心を分別したり、そしてまた仕切りの枠(思枠)内を自分の身心として同一視し、枠外を他の世界として別け隔(へだ)てした上で、愛着・嫌悪などの執着経験をすることを指しています。

しかし、次のようにも述べられています:
1.2 ヨーガとは 私心の 活動終止
1.3 無私の時 見る自分無く 無我に安住

まさしく自分はある、この身心は私だと思うのに対して、 私心の 活動終止=無私の時 [私を]見る自分無く 無我に安住、だというのです。それがヨーガであり、人生の目的だというのです。それを悟るために、他の諸々の教えもあるにすぎません。

1.1 今ここで ヨーガの奥義 伝授しよう(君知るや ヨーガの奥義 今ここと)
というグル(本師。正師)のコトバで始まっているのが『ヨーガ・スートラ』ですから、
さあそうしたなら、先入観念の全てを捨てて、観念(分別)を持っていると思っている自分という仕切りに気づき始めた今、自分意識の解消であるヨーガ[=今ここ全体宇宙生命意識=無我(の生命活動)]を体験する奥義の伝授をしよう
ということなのですが、あなたはその伝授に値するだけの修行をしていると、自分で思うことができますか?あるいは、そういう伝授を心から望むでしょうか?


「自分とは何か?」は“私は誰か?Who am I? (ko'ham)”の別な表現である。人生で解決すればいいのはこの一問だけ。この一問一答をハズスのが凡人・凡世界であり無限の苦悩輪廻、的中したのが梵人・梵界であり永遠至福。前にソフィオの超越世界というのを書いたが、何を偉そうに!と思う読み手が多いだろう。無名のブロガーが歴史上の偉人をコケにするのだから。私の伴侶なんかも有名人を偉人と思っているので、私が世間の評価とは違うことを話すと、何を馬鹿なという反応をする。“私は誰か?Who am I?”に無縁のオバカさんたちにはわからない噺…