2011年12月17日土曜日

ヨーガヴァースィティ 63 : 8 究極の教えの理解のために 1 ラマナの[肉体]死体験


8 究極の教えの理解のために


1a ラマナの[肉体]死体験(1)



http://youtu.be/ddWJMRrrLSk

ラマナマハルシ ramaNa-maharSi の肉体死体験については、私はずっと思いを寄せてきました。なぜなら、「解脱」(自分意識の解消)の明らかな証拠を、そこに見て取ることができるからです。どのような事であれ、信用するかどうかの基準になるのは、「証拠」「証明」ではないでしょうか?

たとえば日本人の両親を持つものの、両親がイギリスで生活していて、イギリスで生まれた子どもが、日本人学校ではなく、イギリスの普通の学校に通って卒業したのなら、その人は英語ができるはずです。卒業証書はその「証拠」かもしれませんが、英語の実力はその「証明」にもなるでしょう。もし英語ができなかったら、イギリスの普通の学校に通学することも卒業することもできないでしょうから。

では、「解脱」(自分意識の解消)の「証拠」「証明」とはどのようなものでしょうか?自分が「解脱者」であることを‘宣伝’する人達がいますが、自分を売り込む「解脱者」というのはありえません。‘宣伝’している人は、「解脱者」ではなく‘宣伝者’にすぎません。仏陀と‘宣伝者である自分’を同格扱いしようとしたり、イエス・キリストと‘宣伝者である自分’を同格扱いしようとしたりする人達があとを断ちませんが、‘ひっかけられる’人達の無知にも責任があります。世間の詐欺(さぎ)にひっかるのと同じことですので。

‘宣伝’の不要な「解脱」(自分意識の解消)の「証拠」「証明」を教えてくれる本は、ごくわずかしかないように思います。体系的な修行の段階を示して、このシステムをマスターした者が解脱者であるということにしても、そう言っている本人も言われるほうもなにがなんだかわからないでしょう…そこで、私がコレは「真実の証言」だと直感したラマナマハルシの肉体死体験の談話録を引用して、思うところを記述してみます。(以下には英語からの和訳を引用しますが、英語を読める人はなるべく原テキストも参照してください。)→B.V. Narasimha Swami: Self Realization, pp. 20-22)


(1)“私の人生における決定的な変化が起きたのは、マドゥライを永遠に去る6週間ほど前のことでした。ある日私は叔父の家の2階で、ひとりで坐っていました。私はいつもの健康状態でした。私はめったに病気をしませんでした。私は全くの熟眠者でした。”
It was about six weeks before I left Madura for good that the great change in my life took place. It was so sudden. One day I sat up alone on the first floor of my uncle's house. I was in my usual health. I seldom had any illness. I was a heavy sleeper.
これは 1896 年の7月半ばに起きた“肉体死体験”を説明し始めた冒頭部です。(ラマナマハルシは 1879 年の 12 月 30 日の午前1時に Tiruchuli で出生しています。)質問者に“肉体死体験”を説明する上で必要であろうと思った当時(10 代!)の健康状態について話し、一般の人々にはわかりにくい「熟眠者」のエピソード(下記)を出しています。

(2)“1891 年に私が Dindigul にいた時、私が寝ていた部屋に大群衆が押しかけてきて、大声をあげたり部屋をノックして私を起こそうとしましたが、私が目ざめないため、彼らは部屋に押し入って私を乱暴にゆさぶったので、私はやっと「休眠」から起こされたことがありました。この熟睡ぶりはむしろ健康の証明でした。私はまた夜に半睡状態におちいることがありました。私のずる賢い遊び友達は、私が目ざめている時に悪さをするのを恐れて、私が眠っている時にやってきては私を起こして運動場を引きずり回し、私をげんこつや平手でなぐり、もてあそび、それから私をベッドに連れもどしたものです。私はその間ずっと、目ざめている状態には無縁のおとなしさ、謙虚さ、寛容、無抵抗の態度ですべてをじっとがまんしていたのでした。朝になると、私は夜のことをなにもおぼえていませんでした。しかしこのような半睡状態が私を弱くしたり、命に別状があったというわけでもなく、とても病気とも思われませんでした。”
When I was at Dindigul in 1891 a huge crowd had gathered close to the room where I slept and tried to rouse me by shouting and knocking at the door, all in vain, and it was only by their getting into my room and giving me a violent shake that I was roused from my torpor. This heavy sleep was rather" a proof of good health. I was also subject to fits of half-awake sleep at night. My wily playmates, afraid to trifle with me when I was awake, would go to me when I was asleep, rouse me, take me all round the playground, beat me, cuff me, sport with me, and bring me back to my bed' -- and all the while I would put up with everything with a meekness, humility, forgiveness, and passivity unknown to my waking state. When the morning broke I had no remembrance of the night's experiences. But these fits did not render me weaker or less fit for life, and were hardly to be considered a disease.
出生地 Tiruchuli での初等教育を終えた後、ラマナマハルシは Dindigul に移りましたが、そこでのエピソードで(1)で言いかけた「熟眠者」ぶりを説明しています。このような「熟眠」ぶりは異常とも思われますが、ラマナマハル シはこれが病気ではなく、自分はまったく健康だったのだと強調しています。「解脱」を問題にする時は、1. 目ざめ/2. 夢/3. 熟眠/4. 第4識との照合が必要ですが、3. 熟眠は 1. 目ざめ/2. 夢のグループと 4. 第4識 turIya との間に位置することをよく見ておいてください。


(3)“それで、私がひとりで坐っていた日に、健康的に悪いことは何もありませんでした。しかし突然の紛れもない死の恐怖が私をとらえたのでした。私は死にゆくのを感じました。なぜ私がそう感じなければならなかったのかは、私の身体において感じられたどんなことによっても今も説明がつきません。それに私は当時それを自分自身に対しても説明できませんでした。”
So, on that day as I sat alone there was nothing wrong with my health. But a sudden and unmistakeable fear of death seized me. I felt I was going to die. Why I should have so felt cannot now be explained by anything felt in my body. Nor could I explain it to myself then.
これは(1)からの続きで、1896 年の7月半ばに起きた“肉体死体験”の前兆の「死の恐怖」についてです。この「死の恐怖」は、ラマナマハルシの肉体から意識が切り離される過程の進行に伴って、一気にやってきたようです。ここから先のラマナマハルシの説明はスローモーション化されているので、一般の読者には人為的に感じられるかもしれませんが、実際には非常に短い時間での体験で、言葉で説明すると長く思われるだけのことです。

(4)“しかしながら私は、その死の恐怖が確かなものかどうかを見極めるのに苦労はしませんでした。私は‘私が死にゆく’のを感じ、それと同時に私は自分がしなければいけないことを考え始めました。私は医者や大人や友達にさえ相談しようとは思いませんでした。私はその問題をその場で(即座に)自分ひとりで解決しなければいけないと感じました。死の恐怖のショックは、私を一気に内観的にというか、内向化に導きました。私は言葉を口に出さずに心の内で自分に言いました:「今、死がやってきた。それはどういうことか?死ぬとはどういうことか?この体が死ぬのだ。」私はただちに死の場面を演出しました。私は四肢を広げ、死体硬直が起きたかのようにそれらを硬直させました。私は探究を進めるため死体を模倣して現実味を帯びさせ、息を止めて口を閉じ、声がもれないように上下の唇をきつく押しつけました。「」とかそのほかのどんな言葉も発しないように!(と私は決意しました。)私は心の内で言いました:「これでこの体は死んだ。この体は硬直したまま火葬場に運ばれ、そこで焼かれて灰になるだろう。でも、この体の死と共に「私」は死んだのだろうか?体は「私」だろうか?”
I did not however trouble myself to discover if the fear was well grounded. I felt 'I was going to die,' and at once set about thinking out what I should do. I did not care to consult doctors or elders or even friends. I felt I had to solve the problem myself then and there.
"The shock of fear of death made me at once introspective, or (introverted'. I said to myself mentally, i.e., without uttering the words --' Now, death has come. Whatdoes it mean ? What is it that is dying ? This body dies.' I at once dramatized the scene of death. I extended my
limbs and held them rigid as though rigor-mortzs had set in. I imitated a corpse to lend an air of reality to my further investigation. I held my breath and kept my mouth closed, pressing the lips tightly together so that no sound might escape. Let not the word ' I? or any other word be uttered ! ( Well then,' said I to myself ' this body is dead. It will be carried stiff to the burning ground and there burnt and reduced to ashes. But with the death of this body, am "I" dead ? Is the body "I"? 
この説明からは、読者にはラマナマハルシが意識的にクンばカ kumbhaka したように思われるでしょうが、これは自動的にやってきた呼吸停止に合わせて、ある程度意識的呼吸停止を加味したのだと思います。「死体硬直」のほうもそうで、自動的にやってきた「死体硬直」にある程度意識的しゃヴァーサナ zavAsana を加味したのだと思います。


(5)“この体は静止して不活性になった。でも私は自分の実在(パーソナリティ)のみなぎる力を感じるし、それに肉体とは別の、自己の内に「私」という[生きた]響をさえ感じる。そうだ、「私」は肉体を超越しているモノ、霊 spirit なのだ。肉体は死ぬ、しかしそれを超越している霊は死によっては触れられない。すべてこのコトは単なる知的[探究]過程だったのではなく、生きた真実として、ほとんどなんの[自分の頭における]論理的思考も無しに、直接感取されたナニカとして生き生きと私に突然現前したのでした。「私」は実在そのもののナニカ、あの状態における唯一の実在のモノであり、そして私の肉体と関係しているすべての意識的活動は、ソレをセンター(中心)としていたのでした。「私」あるいは私の自己 Self[の正体]は、その時以来強烈な磁力(魅力)で私を引きつけてやみません。死の恐怖は一気にそして永遠に消滅したのでした。”
This body is silent and inert. But I feel the full force of my personality and even the sound "I" within myself,--apart from the body. So "I" am a spirit, a thing transcending the body. The material body dies, but the spirit transcending it cannot be touched by death. I am therefore the deathless spirit.' All this was not a mere intellectual process, but flashed before me vividly as living truth, something which I perceived immediately, without any argument almost. 'I' was something very real, the only real thing in that state, and all the conscious activity that was connected with my body was centred on that. The 'I' or my 'self' was holding the focus of attention by a powerful fascination from that time forwards. Fear of death had vanished at once and forever.
ここの言葉での説明の内容であるデキゴトの間、ラマナマハルシの呼吸は停止していました。家庭の蛍光灯一つに「自分意識」があり、自分はこの蛍光灯であると思っていたとしましょう。ところが突然電流(=4. 第4識)が蛍光灯のほうにやってこなくなり、明かりが消えてしまった!そこで、普通はオジャン!で、意識は断絶してしまいます。ところがラマナマハルシ蛍光灯は、明かりが消えた時、電流を発電所までさかのぼり、さらに全体宇宙生命という“根源的発電者”(=神)を直接覚智したのでした!それを“直接感取されたナニカとして生き生きと私に突然現前したのでした。「私」は実在そのもののナニカ、あの状態における唯一の実在のモノであり、そして私の肉体と関係しているすべての意識的活動は、ソレをセンター(中心)としていた”モノと説明したのです。蛍光灯は明かりをともしますが、発電所や全体宇宙生命という“根源的発電者”(=神)のことを知りません(=無知)。アナタは蛍光灯(という照明器具)でしょうか?それともそこに流れ来る電流でしょうか?


(6)“自己 Self [の正体]への合一融和は、その時から今に至るまで続いています。考え事は、音楽家たちの奏でる様々な音のように現われては消えいきますが、「私」[=自己の正体]は、ほかのすべての音にいつも伴奏音としてとけ合うしルティ zruti 基音(通奏低音)のように持続しています。身体が話したり、読んだり、そのほかのどんな事をしていようとも、私はなおかつ「私」[=自己の正体]に集中したままなのです。”
Absorption in the self has continued from that moment right up to this time. Other thoughts may come and go like the various notes of a musician, but the 'I' continues like the basic or fundamental Sruti note which accompanies and blends with all other notes. Whether the body was engaged in talking, reading or anything else, I was still centred on 'I'.
普通の人が「話したり、読んだり、そのほかのどんな事」をしていても、それは 1. 目ざめの状態にあるだけで、蛍光灯が明かりをつけているだけというのと同様に、電流(=4. 第4識)を自覚してはいません。眠り(=3. 熟眠)に入ると、蛍光灯のスイッチをオフにしたようなもので、明かりが消えてまっくら(=無知覚)になります。1. 目ざめと 3. 熟眠の合間に 2. 夢が現われたりしますが、1. 目ざめと 2. 夢は知覚 perceiving と考え事 thinking の心の活動であるという点では大差ありません。ラマナマハルシのような“途切れることの無い電流(=4. 第4識)の覚智”こそが、私が「解脱」(自分意識の解消)の明らかな「証拠」「証明」とするものです。

(7)“あの危機(肉体死体験)の前には、私は自己[の正体]のハッキリした自覚は無く、またソレに意識的に興味を持ったこともありませんでした。私はソレにハッキリと気づくほどの興味を持ってはいませんでしたし、ましてやソレに住したいというかねてからの意向も持ってはいませんでした。[自己の正体に常住するという]この新たな習慣がもたらした結果は、私の生活の中ですぐに気づかれました…”
Previous to that crisis I had no clear perception of myself and was not consciously attracted to it. I had felt no direct perceptible interest in it, much less any permanent disposition to dwell upon it. The consequences of this new habit were soon noticed in my life.
ラマナマハルシは生まれながらの「解脱者」(覚者)ではなかったのに、16 歳にしてまさに突然変異みたいな解脱を果たしました。それも、なんの修行も経ずに!
ここで付言しておきたいのですが、ラマナマハルシの“途切れることの無い(全体宇宙生命)電流(=4. 第4識)の覚智”は、世間でもてはやされるような‘超能力’のようなものではありませんし、テクニークとして披露(ひろう)してみせることのできる心拍停止・呼吸停止の類でもありません。しかし、だからといって、内山興正老師がよく言っておられたような「寝ているときでも呼吸しているのだし」というような、1. 目ざめの状態からの推量ではない具体的無呼吸での“ひねもすよもすがらの仏性の覚智”なのです…

1b ラマナの[肉体]死体験(2)



http://youtu.be/fQH6UzkzewU

[自己の正体に常住するという]この新たな習慣がもたらした結果は、私の生活の中ですぐに気づかれました…”というように、普通の十代の少年(青年)は、この突然の肉体死体験を契機として、その後はまったく「変わってしまった」のですが、どう変わったのかは「知る人ぞ知る」(=知らない人は知らない!)でしょうから、それはまた別の機会に…
ここでは、もう一つの貴重な記録についての翻訳を呈示し、第一回めの肉体死体験の理解を深めることにしましょう。次に引用する文章の原文の出所は B.V. Narasimha Swami: Self Realization pp. 269-270 です。

(1)“1912 年頃のある朝マハルシ、パらニスワーミー、ヴァースデーヴァ・シャーストリーとほかの何人かの一行が、ヴィルーパークシャ virUpAkSa 洞窟(どうくつ)を後にし、みんなでオイル沐浴(もくよく)のためのオイルと(粉石鹸になる)ソープナットパウダーを取りながら Pachaiamman Koil に赴いた。そこではそのような沐浴をする設備が申し分ないのである。沐浴が終わって、一行は丘を横切って近道をしながら帰り始めた。沐浴と(近道をしながらの)歩行は、マスターの神経をすりへらした。太陽はかなり暑く(午前 10 時頃)、昇り道はさらに負担になっていた。パらニスワーミーとシャーストリーは、何歩か前を歩いていた。マスターが「亀岩」の近くに来た時に気を失いかけたが、それから起こったコトは、マハルシ自身の次の言葉がもっともよく説明している。”
One morning about the year 1912 the Swami, Palaniswamy, Vasudeva Sasiri and others left the Virupaksha cave and proceeded together to Pachaiamman Koil taking oil and soap-nut powder for an oil-bath, as facilities for such a bath were ample at that place. Bath over, they started back, cutting a path for themselves across the hilL The bath and the walk were overstraining the Swami's nerves. The sun was fairly hot (about 10 A.M.) and the climbing was an additional strain. Palaniswamy and Sastri had gone some steps in advance. While the Maharshi was near Tortoise Rock, he began to feel faint and what followed is best given in Swami's own words.
ここまでは、次の(2)からのマハルシの談話を引用するための状況説明です。


(2)“突然私の目の前の風景の視界が消え、まばゆい白い[光の]カーテンが私の視野をおおいかくし、自然の風景を遮断(しゃだん)しました。私はその漸進的な過程をハッキリ見ることができました。最初の段階では自然の風景の一部がまだ明瞭に見えていましたが、残りの部分は進行してくる[白い光の]カーテンでおおわれてきていました。それはちょうど、立体鏡(ステレオスコープ)における人の視野を、スライドで隠していくようなものでした。このような体験がやってきたので、私は倒れないように立ち止まりました。それ(白い光)が消えた時、私はまた歩き始めました。”
"Suddenly the view of natural scenery in front of me disappeared and a bright white curtain was drawn across the line of my vision and shut out the view of nature. I could distinctly see the gradual process. At one stage I could see a part of the prospect of nature yet clear, and the rest was being covered by the advancing curtain. It was just like drawing a slide across one's view in the stereoscope. On experiencing this I stopped walking lest I should fall. When it cleared, I walked on."
第一回めの肉体死体験の時は、マハルシにやってきたのは「恐怖感」でしたが、その後マハルシは Self-Abidance(自己[の正体現成に]常住)を達成していましたので、今回の肉体死体験では「恐怖感」はなく、冷静に観察していた様子がありありと伝わってきます。“まばゆい白い[光の]カーテン”のような事例は、歴史上の聖賢達の体験としていくつか伝えられてきていると思いますが、マハルシの談話は妙に神秘化されることもなく、具体的な事実の報告として現実味のある説得力を持っています。

(3)“二度めにそれが起きてくらくらしてしまった時、私は岩に寄りかかって、それがおさまるまで待ちました。そして三度めには、私はすわるのが一番安全と思い、岩のそばにすわりました。そうするとまばゆい白い[光の]カーテンが私の視野を完全に遮断(しゃだん)してしまい、私の頭はくらくらし、血液循環と呼吸は止まってしまいました。皮膚はまっさおになりました。それは普通の死人の色合いのようで、だんだん暗い色になりました。ヴァースデーヴァ・シャーストリーは事実私が死んだと思い、私を抱きかかえて大声をあげて泣き始め、私の死を悲しみました。彼の体はふるえていました。私はその時にハッキリと、彼の抱擁とふるえを感じ、嘆き悲しみを聞きその意味を理解することができました。私はまた私の皮膚の変色を見、心拍と呼吸停止を知覚し、そして四肢が冷たくなっていくのを感じました。”
"When darkness and faintness overtook me a second time, I leaned against a rock until it cleared. And again for the third time I felt it safest to sit, so I sat near the rock. Then the bright white curtain had completely shut out my vision, my head was swimming, and my blood circulation and breathing stopped. The sidli turned a livid blue. It was the regular death-like hue -- and it got darker and darker. Vasudeva Sastri took me in fact to be dead, held me in his embrace and began to weep aloud and lament my death. His body was shivering. I could at that time distinctly feel his clasp and his shivering, hear his lamentation and understand the meaning. I also saw the discoloration of my skin and I felt the stoppage of my heart beat and respiration, and the increased chillness of the extremities of my body."
第一回めの肉体死体験の時の談話ではハッキリしなかった「心拍停止」がここで語られています。Self-Abidance(自己[の正体現成に]常住。身心[からの吾我の]脱落)は、マハルシにおいても明らかなように、生きた肉体と共にあって、「呼吸停止」あるいは「心拍・呼吸停止」が常に随伴するわけではありません。しかし、肉体に囚われない「なんらかの実体験」が無い限り、肉体に執着する自分意識から自由になることは、はなはだ困難ではないかと思います。とは言え、「心拍・呼吸停止」を意識的にデモンストレーションできるヨーギン(あるいはなんらかの修行者)達は、概してエゴを残しており、マハルシのような Self-Abidance(自己[の正体現成に]常住)の境地からはほど遠い活動をしているものです。


(4)“それにもかかわらず、私の通常の思念(でぃヤーナ)*は、そのような状態でも普段のように続いていました。
*サハジャサマーでぃ=永遠の自己[の正体=全体宇宙生命(純粋識)]覚智
私はそのような肉体の状態に際し、少しも恐れは無く、まったく悲しみも感じませんでした。私は岩のそばで、それに寄りかかることはしないで、いつもの姿勢 で坐り、すぐ目を閉じました。血液循環も呼吸も止まった体でも、なおそのような坐りをすることができました。この状態が 10 分から 15 分くらい続きました。”

"Yet my usual current of 'thought' (Dhyana) was continuing as usual in that state also. I was not afraid in the least, nor felt any sadness at the condition of my body. I had closed my eyes as soon as I sat near the rock in my usual posture but was not leaning against it. The body which had no circulation nor respiration, maintained that position still. This state continued for some ten or fifteen minutes."
ここまでマハルシに起きたことをまとめておきましょう。
  • 視野の激変:通常の視野→まばゆい白い[光の]カーテン
  • 皮膚の変色:通常の皮膚色→まっさおから死体色
  • 体温低下:通常の体温→四肢の低温化
  • 心肺活動停止:通常心拍・呼吸→心拍(=血流)停止・呼吸停止
しかし、これらの仮死状態にもかかわらず、これらを知覚する意識は失われていませんでした。普通の場合、事故とか病気で仮死状態になる直前の変化までは意識できても、その後本格的?仮死状態に入ってしまうと、失神状態になり、その間のことは知覚できずおぼえてもいないものです。クンダりニー・ヨーガ kuNDalinI-yoga の修行中には、上記のような項目のいくつかを体験し、色々な光色やナーダ(内的サウンド)を知覚していて、意識もあって後で思い出すこともできますし、その後で「らヤ laya」に入って無知覚状態がしばらく続くこともありますが、そういう修行体験をしたからといって、「サハジャ・サマーでぃ sahaja-samAdhi = 永遠の自己[の正体=全体宇宙生命(純粋識)]覚智」に到達することはまれです。


(5)“それからショックが突然体を突き抜け、血流がとてつもない力でよみがえり、呼吸ももどりました。そして全身の毛穴から汗がふき出ました。生気の色が皮膚にもどってきました。”

"Then a shock passed suddenly through the body, circulation revived with enormous force, as also respiration ; and there was perspiration all over the body at every pore. The colour of life reappeared on the skin."
これも、クンダりニー・ヨーガ kuNDalinI-yoga の修行中にブルブル寒気がして、その後体がカーッとあつくなる場合がありますが、マハルシの場合はいつもなんの行法もしないのに、このような現象が起きて、自然(じねん)に肉体が自己[の正体=全体宇宙生命(純粋識)]=ハートからコントロールされるところが違っています。

(6)“私はそれから目をあけ、立ち上がって言いました:さあ、行こう。私達はそれからはなんのトラブルもなくヴィルーパークシャ virUpAkSa 洞窟(どうくつ)に着きました。私の血液循環と呼吸がどちらも止まったのは、それが唯一のことでした。”
"I then opened my eyes, got up and said, 'Let us go.' We reached Virupaksha cave without further trouble. That was the only occasion on which both my blood circulation and respiration stopped."
この証言から、マハルシにおいては同時的「心拍(=血流)停止・呼吸停止」は何度も起こったのではなく、この時が初回だったようです。マハルシは呼吸と思いは同一の出所を持つと何度か言っていますが、それは理論的に説明しているのではなく、幾度も無呼吸状態になり、それと共に思考停止もし、そういう状態から通常の呼吸・思考の世界に復帰した時の覚智経験からの具体的説明をしていたのでしょう。

(7)“マハルシは、このできごとに関して広がったある種の風聞(ふうぶん)を正すために、次のように付言しています:”
“私はあのような気絶みたいな発作を意図的に起こしたわけではなく、この体が死に際してどのようになるのかを見たかったわけでもありません。それは、私が時折落ち入ることがある発作的状態の一つでした。ただあの場合は非常に重大な状況に見舞われたのでした。”
Maharshi added, to correct some wrong accounts that had obtained currency about the incident, "I did not bring on the fit purposely, nor did I wish to see what this body would look like at death. Nor did I say that I will not leave this body without warning others. It was one of those fits that I used to get occasionally. Only it assumed a very serious aspect in this instance."
このように、マハルシにおいてはすべてが自然(じねん)に起きたことばかりでした。

1c ラマナの[肉体]死体験随感



http://youtu.be/fvGCLMsjTzY

ラマナマハルシの2種類の肉体死体験についてみてきましたが、最初の肉体死体験の後の生命活動の激変こそが解脱(自分意識の解消)の明らかな「証明」とも言えるでしょう。肉体死体験に似た現象として「臨死体験」がありますが、「臨死体験」によってチョット変わったというのと、“自己 Self[の正体]への合一融和は、その時から今に至るまで続いています…身体が話したり、読んだり、そのほかのどんな事をしていようとも、私はなおかつ「私」[=自己の正体]に集中したままなのです。”という“途切れることの無い(全体宇宙生命)電流(=4. 第4識)の覚智”との間には、それこそ雲泥(うんでい)の差があります。「臨死体験」をして得意になるという慢心(エゴ)、その「自分意識」の解消こそが解脱ですので、自慢すべきなにものも無いのがよいのです。

ラマナマハルシは、最初の肉体死体験の談話のおしまいのほうで[自己の正体に常住するという]この新たな習慣がもたらした結果は、私の生活の中ですぐに気づかれました…”と言っていますが、それについては B.V. Narasimha Swami: Self Realization の p. 20 以降に出ています。人生の「究極の一大事」を経験した人間は、大事の前(後!)の諸々の‘小事’にそれ以前の興味を持つことはできなくなってしまうものです。それで解脱者ラマナは、それまでの交友関係や学業への興味をまったく失ってしまいました…

もしあなたにラマナマハルシのような肉体死体験がやってきたなら、あなたは今愛着/嫌悪している物事すべてへの興味を失うことになるでしょう。逆に考えてみることは、どうして修行がうまくいかないのかを理解する有効なヒントになります。あなたが財産・地位・名声(は無いでしょうが…)・人物などに愛着しているなら、それらの‘小事’よりも「究極の一大事」を重要視していないということです。修行の目的は「究極の一大事」の達成なのに…それで私は講習会に来る人達に、‘あなたは何に価値観を置いていますか?’と繰り返したずねてきたのです。答は返ってこないのですが、その無応答は‘小事に価値観を置いています’という無言の答になっているわけです。

ラマナマハルシのような「究極の棚からぼたもち」がやってくることは、まず起こりませんので、それなら棚に届く踏み台を入手すべきでしょう。 たとえば『ヨーガ・スートラ yoga-sUtra』には「8段階」の踏み台が用意されています。『ヨーガ・スートラ』の「8段階」の踏み台にすら足が乗らないという人には、 『ハた・ヨーガ・プラディーピカー haTha-yoga-pradIpikA』という予備の踏み台も用意されています。仏教でもキリスト教でも、実に様々な踏み台が用意されています。これらの踏み台 あるいは梯子(はしご)[=階梯(かいてい)]を正しくのぼっていく方法を教えてくれる教師達もいます。それなのに、棚の上のぼたもちに手をかけられる人はめったにいないのですね…

‘青い鳥’を探す場所をまちがったり、‘山のあなた’の方向をまちがったり、‘大事の前の膨大な諸小事々’に愛着したりと、色々な理由によってそうなるのですから、自分はどうなのかを、年末年始によく考えてみましょう!(たぶん、飲み食いお話し等々の諸小事々に忙しいとは思いますが…正月は断食するという人達もいますが、ふだんはどういう欲望を食べているのでしょう?)


生老病死肉体に関する物事として理解されるのが普通で、死と言えば肉体死の事として捉えられているのが常識になっている。日本では火葬された後は骨壺に収められ、いずれ墓の中に入れられる。死体から骨拾いまでの過程で、肉体を構成していたエネルギーが解体分散してどこに四散していったのかはほとんど注目されない。千の風、つまり知覚認識されないようなプラーナ prāṇa の存在する場を全く理解せずにお墓や仏壇の前で先祖を偲ぶ慣習は知的ではない。先祖・自分・子孫を生んだ精子・卵子は自然(エネルギー)を所生とし、元は「一気 the One」である。一気通貫・唯識(唯一の純粋識 cit)を、“私は誰か?Who am I? (ko'ham)”を知らないバラバラに見る分別 アタマが、お墓参りやら仏壇祭祀などをしているだけである。