2011年12月16日金曜日

ヨーガヴァースィティ 67 : 8 究極の教えの理解のために 5 ハート(1)


8 究極の教えの理解のために



http://youtu.be/tk3wTrx-cZw


http://youtu.be/ec3i18GwTMc

5 ハート(1)


師(マハルシ):ハート hṛdaya[ここでは第八アーらヤ識チッタ citta]から、[精神的]力の座であるサハスラーラ sahasrāra へ導かれている精妙な通路があります。普通の人はハートにおける自分自身に気づかず、頭脳(第六識)で生きています。真智の完成者(ジニャーナ・スィッだ jñāna-siddha)は、ハートに生きています。そのような人は動き回る時も、人々や物事に対処する時も、出会うものすべては唯一の実在[=全体宇宙生命]と不二[一元]であることを知っているので す。

弟子:ハートからサハスラーラへの通路があるとおっしゃいましたね。
師(マハルシ):ええ。それは、囚われている人においては閉じられています。


エゴの結び目が断ち切られている人においては、アムリタ・ナーディー amṛta-nāḍī(甘露の道。不死の通路)と呼ばれる[生命]力の流れが、頭頂部のサハスラーラにまで昇り達しています。



弟子:それはスシュンナー suṣumnā ですか?
師(マハルシ):いいえ。これは生気体次元ではなく]解脱の通路です。これはアートマ・ナーディー ātma-nāḍī、ブラフマ・ナーディー brahma-nāḍī、アムリタ・ナーディー amṛta-nāḍī などと呼ばれています。これは諸ウパニシャドで言及されているナーディーです。この通路が開いている時、あなたは全体宇宙生命の]無知(者)でなくなり無癡(むち)*になり]ます。あなたが話し、考えたり何かをしたり、また人々や物事に対処したりしている時でさえも、あなたは[全体宇宙生命と不二一元の]真実を知っているのです。
*(ち)無明
無癡(むち)=無明が無いこと=明智





Kapali Sastri: Sat Darsana Bhasya & Talks with Maharshi, pp. xxx, xx


ラマナマハルシのように肉体をもって現象しても、自然(じねん)解脱を現成した聖賢は、現象源真実在 sat (Self) の真智 jñāna で心を満たし無為の生命活動をする。‘自分’意識に囚われた凡人は、至福 ānanda (bliss) の通路であるアートマ・ナーディー ātma-nāḍī を自らロックし、身心を不幸の時空に幽閉している。