2011年12月14日水曜日

『ばガヴァド・ギーター bhagavad-gītā』ダヤーナンダ選集 10 節梵英和詳解


『ばガヴァド・ギーター bhagavad-gītā』


ダヤーナンダ選集 10 節梵英和詳解


ゴリオサナイン:クルシュウナイ様、『ばガヴァド・ギーター bhagavad-gItā』略解4について、やさしく教えてください。
クルシュウナイ:Who are you?
ゴリオサナイン:ジャパン語でお願いします。
クルシュウナイ:君は誰かね?
ゴリオサナイン:パパはゴリオシナンダ、ママはゴリオシマミーです。
クルシュウナイ:あっそーお。君があの一人息子ね。歳はいくつ?
ゴリオサナイン:9歳です。これは我が家のペットで、ぼくの友達のゴリちゃんです。
クルシュウナイ:ゴリちゃんはいくつ?
ゴリオサナイン:一歳未満です。ぼくが外出するときは、ボディーガードをしてくれます。
クルシュウナイ:ほーお、それはたのもしいね。
ゴリオサナイン:ジャパン語もできませんが、人間の感情思考を読み取って、胸をたたく音で自分の感じたことを表現します。
クルシュウナイ:たいしたゴリちゃんだねー。
ゴリオサナイン:ママが『ばガヴァド・ギーター bhagavad-gItā』 10 節梵英和をぼくに教えてくれるのですが、あれこれ質問するとわからないと言うのです。とにかく丸暗記しなさいというのですが、ぼくとしては、わからないところをわかった上でおぼえたいのです。
ゴリちゃん:ドーンドン(と胸をたたく)[=そうだ!]。
ゴリオサナイン:ゴリちゃんは賛成してくれています。
クルシュウナイ:うん、わかったけれど、どのようにわかりたいのかね?
ゴリオサナイン:10 節梵英和の一節ずつのサンスクリットを文法的に説明してほしいのと、一節全体としてどのような真義があるのかを教えてほしいのです。パパやママは、質問しても答えられないのです。
クルシュウナイ:そうかい。じゃあレッスンしてあげるから、君がパパやママに教えてあげなさい。
ゴリちゃん:ドンドコドン(と胸をたたく)。
ゴリオサナイン:そうしろ!と言ってくれています。
クルシュウナイ:"I AM" 実修は知っているの?
ゴリオサナイン:はい。パパとママに教えてもらい、ゴリちゃんといっしょにしています。
クルシュウナイ:へーえ、ゴリちゃんてすごいんだねー。
ゴリちゃん:("I AM" 実修に入る)
クルシュウナイ:じゃあ、ふたり、と言っていいんだろうね?ふたりで "I AM" 実修をしばらくしておいて。テキストを作ってあげるからね。
ゴリオサナイン:はい。
  • 2.11
    śrī-bhagavān uvāca श्रीभगवानुवाच|
    The Blessed Lord has spoken:
    聖師クリシナは言った:
    aśocyān anvaśocas tvaṁ अशोच्यानन्वशोचस्त्वं
    You are grieving about the not-to-be-grieved-for.
    嘆かざるを君は嘆き
    prajñā-vādāṁś ca bhāṣase प्रज्ञावादांश्चभाषसे
    Yet you speak the words of wisdom.
    賢こそうな言葉語る
    gatāsūn agatāsūṁś ca गतासूनगतासूंश्च
    For the dead and for the not dead
    死者と生者のどちらをも
    na-anuśocanti paṇḍitāḥ नानुशोचन्तिपण्डिताः
    the wise (pandits) do not grieve.
    嘆きはしない賢者たちは
    • śrī श्री = 女性名詞「光輝・名前の敬称として聖〜/栄(は)えある〜」
      bhagavān भगवान् = 男性名詞 bhagavat भगवत्(尊者)単数主格
      śrī-bhagavān श्रीभगवान् = 男性名詞単数主格「 聖師(クリシナ)は」
      uvāca उवाच = 動詞 vac वच् (言う) の3人称単数完了「(彼は)言った」
      aśocyān अशोच्यान् = 動詞 aśuc अशुच् (嘆かない)から派生した動詞的形容詞 aśocya अशोच्य の男性複数対格[の名詞的用法]「嘆くべきでない[物事を]」
      anvaśocas अन्वशोचस् = 動詞 anuśuc अनुशुच् (嘆く)の2人称単数過去「(君は)嘆いた」
      tvam त्वम् = 2人称代名詞単数主格「君は」
      prajñā प्रज्ञा = 女性名詞単数「智慧」
      vādān वादान् = 男性名詞 vāda वाद (言葉)の複数対格「言葉を」
      prajñā-vādān प्रज्ञावादान् = 「智慧の(ような)言葉を」
      ca च = 接続詞「そして・にもかかわらず」
      bhāṣase भाषसे = 動詞 bhāṣ भाष् (話す)の2人称単数現在「話す・言う」
      gatāsūn गतासून् = 形容詞 gatāsu गतासु (息を引きとった・死んだ)の男性複数対格[の名詞的用法]「死者達を」
      agatāsūn अगतासून् = 形容詞 agatāsu अगतासु(息を引きとらない・生命ある)の男性複数対格[の名詞的用法]「生者達を」
      ca च = 接続詞「そして・と」
      na न = 否定辞「ない」
      anuśocanti अनुशोचन्ति = 動詞 anuśuc अनुशुच् (嘆く)の3人称複数現在「(彼らは)嘆く」
      paṇḍitās पण्डितास् = 男性名詞 paṇḍita पण्डित  (賢者・学識者)の複数主格「パンディット(賢者・学識者)たちは」
  • 2.21
    veda-avināśinaṁ nityaṁ वेदाविनाशिनंनित्यं
    He who knows this, the indestructible, the eternal,
    カレを不壊・常住と知り
    ya enam ajam avyayam य एनमजमव्ययम्
    the birthless, the imperishable,
    カレは不生・不滅と知る
    kathaṁ sa puruṣaḥ pārtha कथंसपुरुषःपार्थ
    how, this person, Son of pṛthā,
    その人はいかに アルジュナよ
    kaṁ ghātayati hanti kam कंघातयतिहन्तिकम्
    whom can he cause to kill or kill anyone?
    誰を殺させ殺せるか?
    • veda वेद = 動詞 vid विद् の三人称単数現在「知る」
      avināśinam अविनाशिनम् = 形容詞 avināśin अविनाशिन्(不滅の・不壊の)の男性単数対格[の名詞的用法]「不壊と」
      nityam नित्यम् = 形容詞  nitya नित्य(常在の・恒久的)の男性単数対格[の名詞的用法]「常在と」
      yas यस् = 関係代名詞 yad यद् の男性単数主格「〜である(人)」
      enam  एनम् = 指示代名詞 etad एतद्(彼・彼女・それ)の男性単数対格「それを・これを」
      ajam अजम् = 形容詞 aja अज(不生の)の男性単数対格[の名詞的用法]「不生と」
      avyayam अव्ययम् = 形容詞 avyaya अव्यय(不滅の)の男性単数対格[の名詞的用法]「不滅と」
      katham कथम् = 疑問副詞「どのように・いかに」
      sas सस् = 指示代名詞 tad तद्(それ・その・彼・彼女)の男性単数主格「その」
      puruṣas पुरुषस् = 男性名詞 puruṣa पुरुष の単数主格「人は」
      pārtha पार्थ = 男性名詞 pārtha पार्थ(pṛthā पृथा 夫人の子)単数呼格「pṛthā 夫人の子(アルジュナ)よ」
      kam कम् = 疑問代名詞 kim किम्(誰・どれ・何)の男性単数対格「誰を」
      ghātayati घातयति = 動詞 han हन्(殺す)の三人称単数使役法「(彼は)殺させる」
      hanti हन्ति = 動詞 han हन्(殺す)の三人称単数現在「(彼は)殺す」
      kam कम् = 疑問代名詞 kim किम्(誰・どれ・何)の男性単数対格「誰を」
  • 2.55
    śrī-bhagavān uvāca श्रीभगवानुवाच:
    The Blessed Lord has spoken:
    聖師クリシナは言った:
    prajahāti yadā kāmān प्रजहातियदाकामान्
    When he gives up all the desires
    人が欲望捨てる時
    sarvān pārtha manogatān सर्वान्पार्थमनोगतान्
    emerging from the mind, Son of pṛthā,
    心の底から洗いざらい
    ātmany-eva-ātmanā tuṣṭaḥ आत्मन्येव आत्मनातुष्टः
    satisfied in the Self by the Self,
    自己に自ら知足する
    sthita-prajñas-tadocyate स्थितप्रज्ञस्तदोच्यते
    then he is called to be one whose wisdom is steady.
    智慧の確立者と言わる
    • śrī श्री = 女性名詞「光輝・名前の敬称として聖〜/栄(は)えある〜」
      bhagavān भगवान् = 男性名詞 bhagavat भगवत्(尊者)単数主格
      śrī-bhagavān श्रीभगवान् = 男性名詞単数主格「 聖師(クリシナ)は」
      uvāca उवाच = 動詞 vac वच् の三人称単数過去「(彼は)言った」
      prajahāti प्रजहाति = 動詞 prahā प्रहा の三人称単数現在「(彼は)捨てる」
      yadā यदा = 接続詞「〜時」
      kāmān कामान् = 男性名詞 kāma काम(欲望)の複数対格「欲望を」
      sarvān सर्वान् = 代名詞的形容詞 sarva सर्व の男性複数対格「すべての・あらゆる」
      pārtha पार्थ = 男性名詞 pārtha पार्थ(pṛthā पृथा 夫人の子)単数呼格「pṛthā 夫人の子(アルジュナ)よ」
      manogatān मनोगतान् = 形容詞 manogata मनोगत の男性複数対格「心に起こる」
      ātmani आत्मनि = 男性名詞 ātman आत्मन् の単数処格「アートマンにおいて」
      eva एव = 副詞「実に」
      ātmanā आत्मना = 男性名詞 ātman आत्मन् の単数具格「アートマンにより」
      tuṣṭas तुष्टस् = 過去受動分詞 tuṣṭa तुष्ट の男性単数主格「知足した・満足した」
      sthita-prajñas स्थितप्रज्ञस् = 形容詞  sthita-prajña स्थितप्रज्ञ の男性単数主格「確固不動智のある・智慧の確立した」
      tadā तदा = 副詞「その時」
      ucyate  उच्यते = 動詞 vac वच् の三人称単数直接法受動態「と言われる」
  • 9.04
    mayā tatam idaṁ sarvaṁ मयाततमिदंसर्वं
    By Me is pervaded this whole
    ワタシで満ちるこの全体
    jagad avyakta-mūrtinā जगदव्यक्तमूर्तिना
    universe by My unmanifest aspect.
    宇宙は非顕現の様で
    mat-sthāni sarva-bhūtāni मत्स्थानिसर्वभूतानि
    In Me abiding all beings,
    ワタシの内に宿る万物
    na ca-ahaṁ teṣv-avasthitaḥ नच अहंतेष्ववस्थितः
    but not I in them dwelling.
    ワタシはそれらに宿らない
    • mayā मया = 1称代名詞単数具格「私によって」
      tatam ततम् = 動詞 tan तन्(拡張する)の過去受動分詞 tata तत の中性単数主格「拡張された・満たされた・覆われた」
      idam इदम् = 指示代名詞中性単数主格「これ・この」
      sarvam सर्वम् = 代名詞的形容詞 sarva सर्व の中性単数主格「すべての・あらゆる」
      jagat जगत् = 中性名詞単数主格「世界・宇宙は」
      avyakta अव्यक्त = 過去受動分詞「未顕現の・非顕現の」
      mūrtinā मूर्तिना = 女性名詞 mūrti मूर्ति(形態・外観)の単数具格「形態・外観によって」/形容詞単数具格「の形態をとった」
      avyakta-mūrtinā अव्यक्तमूर्तिना =「非顕現の様(さま)で」
      mat मत् = 1人称代名詞単数従格「私から」
      sthāni स्थानि = 形容詞 sthānin स्थानिन् の中性複数主格「その場所にある」
      mat-sthāni मत्स्थानि =「ワタシの内に宿って」
      sarva सर्व = 代名詞的形容詞「すべての・あらゆる」
      bhūtāni भूतानि = 中性名詞 bhūta भूत の複数主格(対格)「生き物は」
      sarva-bhūtāni सर्वभूतानि =「万物(は)」
      na न = 否定辞「ない」
      ca च = 接続詞「そして」
      aham अहम् = 1人称代名詞単数主格「私は」
      teṣu तेषु = 指示代名詞 tad तद्(それ・その・彼)の複数処格「それらに」
      avasthitas अवस्थितस् = 過去受動分詞男性単数主客「置かれた・配置された」
  • 3.03
    śrī-bhagavān uvāca श्रीभगवानुवाच:
    The Blessed Lord has spoken:
    聖師クリシナは言った:
    loke'smin dvi-vidhā niṣṭhā लोकेस्मिन्द्विविधानिष्ठा
    In this world there is a two-fold basis,
    この世に二つの立場あり
    purā proktā mayā-anagha पुराप्रोक्तामया अनघ
    anciently taught by Me, O Blameless One,
    前に我に説かれたように
    jñāna-yogena sāṁkhyānāṁ ज्ञानयोगेनसांख्यानां
    (by) the pursuit of knowledge for the contemplative ones,
    理論家たちの知識ヨーガ
    karma-yogena yoginām कर्मयोगेनयोगिनाम्
    (by) the pursuit of action for the active ones.
    実践者たちの行動ヨーガ
    • śrī श्री = 女性名詞「光輝・名前の敬称として聖〜/栄(は)えある〜」
      bhagavān भगवान् = 男性名詞 bhagavat भगवत्(尊者)単数主格
      śrī-bhagavān श्रीभगवान् = 男性名詞単数主格「 聖師(クリシナ)は」
      uvāca उवाच = 動詞 vac वच् の3人称単数過去「(彼は)言った」
      loke लोके = 男性名詞 loka लोक(世界)単数処格「世(界)に」
      asmin अस्मिन् = 指示代名詞 idam इदम्(これ・この)男性単数処格「この」
      dvi-  द्वि = 数詞「二の」
      vidhā विधा = 女性名詞「区分・様式」;形容詞 -vidha विध(〜重の・〜種類の)女性単数主格
      dvi-vidhā द्विविधा = 形容詞 dvi-vidha द्विविध(二重の・二種類の)女性単数主格
      niṣṭhā निष्ठा = 女性名詞「基礎・知識・確信・信頼」単数主格
      purā पुरा = 副詞「以前に」
      proktā प्रोक्ता = 動詞 pravac प्रवच्(宣言・言明する)の過去受動分詞 prokta प्रोक्त(宣言・言明された)女性単数主格
      mayā मया = 1人称代名詞単数具格「私によって」
      anagha अनघ = 形容詞「罪の無い」の名詞的用法「罪無き者」の男性単数呼格「罪無き者(アルジュナ)よ」
      jñāna-yogena ज्ञानयोगेन = 男性名詞 jñāna-yoga ज्ञानयोग(知識ヨーガ・智慧のヨーガ)単数具格「知識ヨーガによる」
      sāṁkhyānām सांख्यानाम् = 男性名詞 sāṁkhya सांख्य(熟慮する人)複数属格「熟慮する人たちの」
      karma-yogena कर्मयोगेन = 男性名詞 karma-yoga कर्मयोग(行動ヨーガ)単数具格「行動ヨーガによる」
      yoginām योगिनाम् = 男性名詞 yogin योगिन्(行者)複数属格「行者たちの」
  • 2.47
    karmaṇy-eva-adhikāras-te कर्मण्येव अधिकारस्ते
    In action alone there is freedom of you,
    行為だけが君の権内
    mā phaleṣu kadācana माफलेषुकदाचन
    never in the results at any time,
    決して結果にこだわるな
    mā karma-phala-hetur bhūr माकर्मफलहेतुर्भूर्
    never action-fruit motive should arise,
    行為の結果を当てにせず
    mā te saṅgo'stv akarmaṇi मातेसङ्गोस्त्वकर्मणि
    never your attachment let there be for inaction.
    君はこだわるな不(行)為にも
    • karmāṇi कर्माणि = 中性名詞 karma कर्म(行為)単数処格「行為において」
      eva एव = 副詞「実に」
      adhikāras अधिकारस् = 男性名詞 adhikāra अधिकार(支配・統治権)単数主格「権内」
      te ते = 2人称代名詞付帯形単数属格「君の」
      mā मा = 否定辞(禁止の副詞・接続詞)「〜ない(ように)・決して〜するな」
      phaleṣu फलेषु = 中性名詞 phala फल(結果)複数処格「結果において」
      kadācana कदाचन = 副詞「いつか・いついかなる時も・かつて」
      mā मा = 否定辞(禁止の副詞・接続詞)「〜ない(ように)・決して〜するな」
      karma-phala कर्मफल = 中性名詞 「行為の結果」
      hetus हेतुस् = 男性名詞  hetu हेतु(動機・原因)単数主格「当て」
      bhūs भूस् = 動詞 bhū भू(となる・生ずる)3人称単数アオリスト「〜であるべき」
      mā मा = 否定辞(禁止の副詞・接続詞)「〜ない(ように)・決して〜するな」
      te ते = 2人称代名詞付帯形単数属格「君の」
      saṅgas सङ्गस् = 男性名詞 saṅga सङ्ग(執着・愛着)単数主格
      astu अस्तु = 動詞 as अस्(存在する・起こる)3人称単数命令形「〜であるべき」
      akarmaṇi अकर्मणि = 中性名詞 akarma अकर्म(不行為)単数処格「不行為において」
  • 18.46
    yataḥ pravṛttir bhūtānāṁ यतःप्रवृत्तिर्भूतानां
    Him from whom is the origin of beings,
    万物出て来るカノモノを
    yena sarvam idaṁ tatam येनसर्वमिदंततम्
    Him by whom all this (universe) pervaded,
    宇宙に満ちてるカノモノを
    sva-karmaṇā tam abhyarcya स्वकर्मणातमभ्यर्च्य
    by one's own duty Him worshipping,
    自己の行為で崇めれば
    siddhiṁ vindati mānavaḥ सिद्धिंविन्दतिमानवः
    perfection finds the man, descendant of manu.
    その者見る円満成就
    • yatas यतस् = 関係代名詞「それから・彼から・そこから」
      pravṛttis प्रवृत्तिस् = 女性名詞 pravṛtti प्रवृत्ति(生起・起源)単数主格
      bhūtānāṁ भूतानां = 中性名詞 bhūta भूत(生き物)の複数属格「生類の」
      yena येन = 関係代名詞 yad यद् 3人称男性単数具格「ところの〜によって」
      sarvam सर्वम् = 代名詞的形容詞 sarva सर्व(すべての・あらゆる)中性単数主格
      idam इदम् = 指示代名詞中性単数主格「これ・この」
      → sarvam idam सर्वमिदम् =「全宇宙」
      tatam ततम् = 動詞 tan तन्(拡張する)の過去受動分詞 tata तत の中性単数主格「拡張された・満たされた・覆われた」
      sva स्व = 代名詞的形容詞「自分の・自己の」
      karmaṇā कर्मणा =  中性名詞 karman कर्मन्(行為)の単数具格「行為で」
      tam तम् = 指示代名詞 tad तद्(それ・その・彼)男性単数対格「カレを」
      abhyarcya अभ्यर्च्य = 動詞 abhyarc अभ्यर्च्(歌う・称讃する)の絶対分詞「崇めて」
      siddhim सिद्धिम् = 女性名詞 siddhi सिद्धि(完成・成就)単数対格「円満成就を」
      vindati विन्दति = 動詞 vid विद्(見い出す・知る)の三人称単数現在「(彼は)見い出す」
      mānavas मानवस् = 男性名詞 mānava मानव(人間・人)単数主格「 その者は」
  • 5.06
    saṁnyāsas tu mahābāho संन्यासस्तुमहाबाहो
    Renunciation indeed, O Mighty Armed One,
    行為の放棄はアルジュナよ
    duḥkham āptum ayogataḥ दुःखमाप्तुमयोगतः
    is difficult to attain without [karma-]yoga.
    行為無しではむずかしい
    yoga-yukto munir brahma योगयुक्तो मुनिर्ब्रह्म
    The yoga-disciplined one who is calm brahman
    専修静者はブラフマンに
    nacireṇa-adhigacchati नचिरेण अधिगच्छति
    in no long time he attains [without doubt].
    時を経ずして到達す
    • saṁnyāsas संन्यासस् = 男性名詞 saṁnyāsa संन्यास(放棄)単数主格「放棄は」
      tu तु = 接続詞「実に・しかし」
      mahābāho महाबाहो = 男性名詞 mahābāhu महाबाहु(豪腕の士)単数呼格「豪腕の士(アルジュナ)よ」
      duḥkham दुःखम् = 形容詞 duḥkha दुःख(困難な)中性単数主格
      āptum आप्तुम् = 動詞 āp आप्(獲得する・成し遂げる)不定詞「成し遂げること」
      ayogatas अयोगतस् = 副詞「正しい方法無くして・[カルマ]ヨーガ無しでは」←a अ = not + yogatas योगतस् = suitably, properly
      yoga-yuktas योगयुक्तस् = 形容詞 yoga-yukta योगयुक्त(瞑想に専心した・ヨーガを行ずる)男性単数主格
      munis मुनिस् = 男性名詞 muni मुनि(聖人・賢者)単数主格「静者は」
      brahma ब्रह्म = 中性名詞 brahman ब्रह्मन्(ブラフマン)単数対格「ブラフマンに」
      nacireṇa नचिरेण = 副詞「遠からず・速やかに」
      adhigacchati अधिगच्छति = 動詞 adhigam अधिगम्(到達する・達成する)三人称単数現在「(彼は)到達する」
  • 5.13
    sarva-karmāṇi manasā सर्वकर्माणिमनसा
    All the actions with discriminative mind
    すべての行為を心にて
    saṁnyasya-āste sukhaṁ vaśī संन्यस्य आस्तेसुखंवशी
    renouncing he rests happily as the ruler,
    打ち捨て楽に坐す支配者
    nava-dvāre pure dehī नवद्वारेपुरेदेही
    in the nine-gated city the embodied one,
    九門の都で自我の王
    naiva kurvan na kārayan नैवकुर्वन्नकारयन्
    not at all acting, not causing [another one] to act.
    何もしないしさせもせぬ
    • sarva सर्व = 代名詞的形容詞 sarva सर्व(すべての・あらゆる)
      karmāṇi कर्माणि = 中性名詞 karma कर्म(行為)単数処格「行為において」
      manasā मनसा = 中性名詞 manas मनस्(心)単数具格「心で」
      saṁnyasya संन्यस्य = 動詞 saṁnyas संन्यस्(放棄する)の絶対分詞「 打ち捨てて」
      āste आस्ते = 動詞 ās आस्(坐る)3人称単数現在「(彼は)坐す」
      sukham सुखम् = 副詞「(安)楽に」
      vaśī वशी = 男性名詞 vaśin वशिन्(支配者・主)単数主格「支配者は」
      nava नव = 数詞「9」
      dvāre द्वारे = 男性名詞 dvāra द्वार(門)単数処格「門において」
      pure पुरे = 男性名詞 pura पुर(城・要塞都市)単数処格「都において」
      dehī देही = 男性名詞 dehin देहिन्(肉体を具えた者・肉体を具えた精神・有身・生物)単数主格「自我の王は」
      na न = 否定辞「ない」
      eva एव = 副詞「実に」
      kurvan कुर्वन् = 動詞 kṛ कृ(する・行為する)のパラスマイパダ現在分詞男性単数主格「行為して」
      na न = 否定辞「ない」
      kārayan कारयन् = 動詞 kṛ कृ(する・行為する)のパラスマイパダ使役法現在分詞男性単数主格「行為させて」
  • 18.66
    sarva-dharmān parityajya सर्वधर्मान्परित्यज्य
    All the duties giving up,
    あらゆる義務など捨て置いて
    mām ekaṁ śaraṇaṁ vraja मामेकंशरणंव्रज
    in Me only refuge do take.
    ワタシにだけ帰依するがよい
    ahaṁ tvā sarva-pāpebhyo अहंत्वासर्वपापेभ्यो
    I you from all sinful evils
    ワタシがすべての邪悪から
    mokṣayiṣyāmi mā śucaḥ मोक्षयिष्यामिमाशुचः
    cause to be released; do not grieve.
    解放してやる悲しむな
    • sarva सर्व = 代名詞的形容詞 sarva सर्व(すべての・あらゆる)
      dharmān धर्मान् = 男性名詞 dharma धर्म(肉体を具えた者・肉体を具えた精神・有身・生物)単数主格「自我の王は」
      parityajya परित्यज्य = 動詞 parityaj परित्यज्(捨て去る)の絶対分詞「捨て去って」
      mām माम् = 1人称代名詞単数対格「私に」
      ekam एकम् = 形容詞 eka(一の・唯一の)中性単数対格「だけ」
      śaraṇam शरणम् = 中性名詞 śaraṇa शरण(保護・避難・帰依)単数対格
      vraja व्रज = 動詞 vraj व्रज्(行く・歩む・達する)2人称単数命令形「(帰依)せよ」
      aham अहम् = 一人称代名詞単数主格「私は・私が」
      tvā त्वा = 2人称代名詞付帯形単数対格「君を」
      sarva सर्व = 代名詞的形容詞 sarva सर्व(すべての・あらゆる)
      pāpebhyas पापेभ्यस् = 中性名詞 pāpa पाप(苦悩・邪悪)複数従格「邪悪から」
      mokṣayiṣyāmi मोक्षयिष्यामि = 動詞 muc मुच्(解放する)使役法未来1人称単数「解放せしめよう」
      mā मा = 否定辞(禁止の副詞・接続詞)「〜ない(ように)・決して〜するな」
      śucas शुचस् = 動詞 śuc शुच्(嘆く・悲しむ)アオリスト指令法2人称単数「(mā と共に)悲しむな」
クルシュウナイ:(バナナをゴリオサナインとゴリちゃんの頭にぶっつけてやって目をあけさせる。)1本ずつ食べなさい。(と言って、自分でも1本食べる。)さて、テキストを用意したから、これで勉強してごらん。
ゴリオサナイン:くわしいけれど、むずかしそうですね。
クルシュウナイ:そんなことないよ。どう勉強するか言ってあげるから、毎日少しずつ勉強してごらん。2.11 は śrī-bhagavān uvāca で始まっているね。
ゴリオサナイン:ちょっと待ってください。この iPotton(アイポットン)に録音しますから。
クルシュウナイ:へーえ。便利なものを持っているんだね。じゃあ始めるよ。śrī は女性名詞で「光輝」という意味だが、この場合は名前の敬称として「聖〜」とか「栄(は)えある〜」という使われ方をしているね。bhagavān は男性名詞 bhagavat(尊者)の単数主格で、śrī-bhagavān では「聖師(クリシナ)は」という意味になる。uvāca は動詞 vac の三人称単数過去で「(彼は)言った」だね。aśocyān は動詞 aśuc(嘆かない)から派生した動詞的形容詞 aśocya の男性複数対格が名詞的に使われていて「嘆くべきでない物事を」のことだよ。anvaśocas は動詞 anuśuc の二人称単数直接法過去で「(君は)嘆いた」という意味になる。tvam は二人称代名詞単数主格で「君は」だね。prajñā は女性名詞単数で「智慧」のことだよ。vādān は男性名詞 vāda の複数対格で「言葉を」、prajñā-vādān では「智慧の(ような)言葉を」となるね。ca は接続詞で「そして・にもかかわらず」。bhāṣase は動詞 bhāṣ(話す)の二人称単数現在で「話す・言う」。gatāsūn は形容詞 gatāsu(息を引きとった・死んだ)の男性複数対格が名詞的に使われていて「死者を」だね。agatāsūn は形容詞 agatāsu(息を引きとらない・生命ある)の男性複数対格が名詞的に使われていて「生者を」という意味になる。ca は前出の接続詞「そして・と」。na は否定辞で「ない」。anuśocanti は動詞 anuśuc の三人称複数現在で「(彼らは)嘆く」。paṇḍitās は男性名詞 paṇḍita の複数主格で「パンディット(賢者・学識者)たちは」という意味だよ。次の 2.21…(と、18.66 まで続く…)こんなふうに理解していけばいいんだよ。
ゴリオサナイン:はい、どうもありがとうございました。(アイポットンの録音を確かめる。)
クルシュウナイ:録音できたようだね。
ゴリオサナイン:はい、これで毎日学習できます。クルシュウナイ様、このアイポットンではインターネットもできて、ほらこの通りヨーガハンシティのサイトなんかもブラウズできるんですよ。
クルシュウナイ:へー、すごいね。いくらで売っているの?
ゴリオサナイン:これは未発売で、パパが iPod とかいうのを改造してくれたんです。
クルシュウナイ:君のパパにはすごい特技があるんだねえ。
ゴリオサナイン:改造だけは得意なんです。
クルシュウナイ:そのうちアタマを改造するとなおけっこうだがね。
ゴリオサナイン:はい、そう言っておきます。
ゴリちゃん:(ドカンドカン、と胸をたたく。)
ゴリオサナイン:ゴリちゃんは言わなくてもいいと言っています。ところで、10 節の文法的解釈の勉強の仕方はわかりましたが、各節の真義を講義してください。(と言って、アイポットンの録音準備をする。)
クルシュウナイ:2.11 では聖師クリシナが「嘆かざるを君は嘆き」とアルジュナに言っているね。アルジュナに限らず、世間の人々は何を嘆いているだろうね?生活が苦しいと か、仕事や勉強がうまくいかないとか、人間関係がうまくいかないとか、色々な悩み・嘆きがあるだろう。でもそれらは現象世界の出来事であって、それらを現わしている現象源のことではない。現象源を知らないで、ソレから出て来た表面的なことを嘆くのではなく、現象源を知らないことをこそ嘆くべきなんだよ。だから「嘆くべきこと」はただ一つしかなく、現象源である真実在 sat (Self)覚智していないことを嘆くべきであって、そのほかのことは二の次さ。
ゴリオサナイン:(うつむいて、だまりこんでしまう。)
クルシュウナイ:どうしたの?
ゴリオサナイン:ぼくには、「嘆くべきこと」があります。
ゴリちゃん:(ドゥッカドゥッカ、と胸をたたく。)
ゴリオサナイン:ゴリちゃんも、自分もそうだと言っています。
クルシュウナイ:ほーお。duḥkha दुःख(苦)の擬音を出すなんて、ゴリちゃんはただものじゃあないね。まあ、元気を出したまえ。この 10 節を真剣に学修すれば、「嘆くべきこと」も解消されるからね。
ゴリオサナイン:はい、それでは 2.21 をお願いします。
クルシュウナイ:世の中には殺人事件とか、自殺とか、多くの死傷者が出るテロとかがあるのを知っているだろうが、「嘆くべきこと」はね、殺そうと思っても殺されないモノ、死なないモノが一つだけあるのを知らないことなんだよ。
ゴリオサナイン:それはなんですか?
クルシュウナイ:それが現象源真実在 sat (Self) だよ。
ゴリオサナイン:それを知るにはどうすればよいのですか?
クルシュウナイ:自分意識(エゴ)を殺すんだよ。
ゴリオサナイン:自殺ですか?
クルシュウナイ:自殺というのは肉体を殺すことだけれど、自分意識(エゴ)を殺すというのは、‘自分’という思いを無くすことだから、肉体は関係ないのさ。
ゴリオサナイン:では、どうするのですか?
クルシュウナイ:"I AM" 実修を続けなさい。それが最短の道だよ。
ゴリオサナイン:はい、毎日やります。では、2.55 をお願いします。
クルシュウナイ:「自己に自ら知足する」というのが大切なところだよ。‘自分’があると、その‘自分’は色々な物事を欲しがって、なかなか満足できないものさ。
ゴリオサナイン:ぼくはアイポットンのグレーッドアップしたものを欲しいですし、ゴリちゃんはゴリラの姿をしたロボットを欲しいのです。
クルシュウナイ:それらが手にはいればうれしいだろうし、手にはいらなければつまらないだろう?
ゴリオサナイン:はい。
ゴリちゃん:(ボガボガ、と胸をたたく。)
クルシュウナイ:へーえ。今度は bhoga भोग(享受・所有)の擬音を出しているねえ。まあ、‘自分’が有ると、欲しいものも有るが、‘自分’という思いが無かったら、欲しいものは有るだろうか?
ゴリオサナイン:‘自分’が無ければ、何かを欲しがる‘自分’が無いので、欲しい物も有りません。
クルシュウナイ:そうだよ。だから "I AM" 実修をして、‘自分’を解消してしまえば、‘自分’が消えた真実在 sat (Self) という自己の本性に安らぐことができるのさ。それが「自己に自ら知足する」の真義だよ。
ゴリオサナイン:はい、よくわかりました。それでは、9.04 をお願いします。
クルシュウナイ:聖師クリシナが言っているワタシ」はね、これまで説明した現象源真実在 sat (Self) だよ。ソレが現象世界すべて、あるいは宇宙を現わしたのだから、「ワタシ」はいつでもどこにでもいるんだよ。少しむずかしく言うと「常在普遍」だね。だから「ワタシ」の中に全宇宙があるのさ。
ゴリオサナイン:ぼくもゴリちゃんも「ワタシ」の中にいるのですか?
クルシュウナイ:そうだよ。
ゴリオサナイン:‘自分’が消えると、そこが「ワタシ」ですか?
クルシュウナイ:君はなかなかものわかりがよいねえ。たいしたもんだ。
ゴリオサナイン:でも、どうして 聖師クリシナは「ワタシはそれらに宿らない」と言っているのですか?
クルシュウナイ:現象源から現象が出て来るのだから、「ワタシはそれら(現象)に宿る」と言ってもいいのだけれど、そう言ってしまうと自分意識(エゴ)もワタシ、考え事もワタシ、肉体もワタシ…と解釈されるおそれがあるし、ワタシが純粋そのままに知られるのは自分意識(エゴ)・考え事・肉体などの現象源から派生した現象という属性が意識されなくなった時なので、ワタシは 自分意識(エゴ)などが無くなった純粋識 cit として知られることを教えるためだよ。"I AM" 実修は自分意識(エゴ)でよごされた意識を、本来の純粋識にもどす修行なんだね。
ゴリオサナイン:はい、わかります。それでは、3.03 をお願いします。
クルシュウナイ:ここはね、世間にはアタマを使うのが好きな人もいれば、体を動かすのが好きな人もいるということだったり、修行する人たちでも、理論的傾向の人もいれば、実践的傾向の人もいると理解できるけれども、どういう傾向を持っていようが、それは‘自分’にとっての傾向だよね?だから結局は、どのような傾向や性格であろうと、最後は‘自分’という意識だけが問題になるのさ。だれでも自分に適した修行や生き方をすればいいんだけれど、だれでもが最後に立ち向かわなければならないのは、ただ一つ、‘自分’意識だけなんだ よ。
ゴリオサナイン:はい、わかりました。では、2.47 をお願いします。
クルシュウナイ:君が修行したり、パパやママやゴリちゃんと遊んだりする時、君は‘自分’が修行したり、パパやママやゴリちゃんと遊んでいると思うね?
ゴリオサナイン:はい。
クルシュウナイ:勉強や修行がうまくいったりすればうれしいだろうし、うまくいかないといやだろう?
ゴリオサナイン:はい。
クルシュウナイ:でも、うれしいとかいやだとか思うのは‘自分’ があるからで、そのようにこだわっていたのでは、いつまでたっても‘自分’意識で苦しむんだよ。それでは真実在 sat (Self) を知らないまま、いつか死んでしまうことになる。だから、このような肉体を持って活動している間は、活動を嫌ったり、あるいは活動を避けることを求めたりするのではなく、活動したことの結果にこだわらないようにし、また活動に当てをつけたりもせず、するべきことをしてこだわらないようにすればいいんだよ。 結果とか当ては君の外にあると思ってこだわらない、でも「こだわらない」という心がけや態度は君の内にある自由意志だから、自分の内にある自由意志である 「こだわらないこと」を大切にして修行しなさい、ということだね。
ゴリオサナイン:はい、そのようにします。
ゴリちゃん:(ブッダブッダ、と胸をたたく。)
クルシュウナイ:ほう、今度は buddha बुद्ध(覚)の擬音だね。けっこう、けっこう。
ゴリオサナイン:では、18.46 をお願いします。
クルシュウナイ:「カノモノ」である現象源真実在 sat (Self) から出て来た私たちが、自分の身心を使って「カノモノ」を尊敬する最高のことってなんだろうね?
ゴリオサナイン:前に教えてもらった‘自分’という思いを無くすことだと思います。
クルシュウナイ:そうだよ。そうするとどうなるだろうね?
ゴリオサナイン:‘自分’意識が無くなれば、行為しても結果にこだわらないし、何かしようという時でも当てを作りません。
クルシュウナイ:そうだね。そのようにして生きることが、「自己の行為で崇める」ということだね。
ゴリオサナイン:はい。では、5.06 をお願いします。
クルシュウナイ:「放棄」という問題だが、家庭や世間を捨てて出家するという話を聞いたことがあるかな?
ゴリオサナイン:はい、あります。パパとママが前はよくケンカをして、パパが「出家する!」とか言うと、ママが「この子を連れて家を出る!」とか言っていたことがあります。
ゴリちゃん:(アハンバンバカバン、と胸をたたく。)
ゴリオサナイン:「オレはどうなる?」と言っています。
クルシュウナイ:なるほど、アハンがオレで、バンバカバンがどうなる?なんだね。まあ、パパとママになかよくやっていくように言っておきなさい。家庭や世間を捨てるというのはだれで、家を出るのはだれだろうね?
ゴリオサナイン:みんな‘自分’です。
クルシュウナイ:そうだよね。だから出家するとか家出するとかいう行為が問題だというよりも、出家や家出をしたいという‘自分’の考えのほうに問題があるんだね。でも問題の‘自分’を無くするためにも "I AM" 実修をしたり、行為の結果にこだわらないとか、行為の前に当てを作らないとか、生きるという活動はしなければいけないようになっているね。だからどういう放棄であっても「行為無しではむずかしい」のさ。「専修静者」というのは、たとえば "I AM" 実修を真剣に行なうような人のことだね。心が静かになればなるほど、自分意識(エゴ)が弱くなるから、ブラフマンとも言われる真実在 sat (Self) に近づくんだね。近づくというよりも、自分意識(エゴ)でおおいかくして見えなくしてしまっているものから、覆い(カヴァー)を取りのぞいていくんだけれどね。
ゴリオサナイン:‘自分’という覆いをはがすのが放棄なんですね。
クルシュウナイ:その通り。
ゴリオサナイン:では、5.13 をお願いします。「九門の都」がわかりません。
クルシュウナイ:感覚器官や生殖器官・排泄器官を「門」と表現しただけだよ。数えてごらん。
ゴリちゃん:(ドバドバドバドバドバドバドバドバドバ、と胸をたたく。)
クルシュウナイ:ははーん。dvāra द्वार(門)の擬音が九つだから、「九門」あると言っているんだね。ゴリちゃんはすごいねーえ。
ゴリオサナイン:「支配者」とか「自我の王」は真実在 sat (Self) のことですか?
クルシュウナイ:その通り。
ゴリオサナイン:真実在 sat (Self) は何もしないのですか?
クルシュウナイ:何もしないし、全てをしている。
ゴリオサナイン:うーん、むずかしいですね。
クルシュウナイ:しているとか、していないとか思うのはだれかな?
ゴリオサナイン:‘自分’です。
クルシュウナイ:そうだね。だからね、「している」と思わせるモノ、「していない」と思わせるモノがいるなら、その「モノ」は全てをしているとも言えるし、何もしていないとも言えるのではないかな?
ゴリオサナイン:うーん、そんな気もします。まだよくわからないので、今はこのままにしておきます。
クルシュウナイ:そうだよ。むりやりわかろうとしないで、わかりにくいことはそのままにして、"I AM" 実修をするほうがいいんだよ。
ゴリオサナイン:ではお言葉にあまえまして、18.66 をお願いします。「あらゆる義務」には "I AM" 実修のような修行も入るのでしょうか?
クルシュウナイ:入ると言えば入るし、入らないと言えば入らないね。
ゴリオサナイン:またわかりません。
クルシュウナイ:「ワタシにだけ帰依するがよい」と言われているから、「ワタシにだけ帰依する」なら入らないし、「ワタシにだけ帰依しない」なら入る、ということだよ。
ゴリオサナイン:そうしますと、"I AM" 実修というのはワタシという真実在 sat (Self) に帰依するために行なわれる時だけが目的にかなっていて、そうでないなら「あらゆる義務など捨て置いて」のほうに入るということでしょうか?
クルシュウナイ:ズバリ!
ゴリちゃん:(ショーダショーダ、と胸をたたく。)
クルシュウナイ:ほほう、śodha शोध(浄化)の擬音だね。心を浄化せよ!とでも言っているのかね?
ゴリオサナイン:いえ、「ズバリ!」と言われたので、「そうだ、そうだ」と同意したのです。
クルシュウナイ:まいったな。これはワシの考えすぎだ。
ゴリオサナイン:もし "I AM" 実修をワタシという真実在 sat (Self) に帰依するために行なうという意識を持つなら、当てを作ることにはならないでしょうか?
クルシュウナイ:君は "I AM" 実修をしている時に、考え事をするのかね?
ゴリオサナイン:いえ、ただ息をすってアイを唱え、息をはいてアムを唱えているだけです。
クルシュウナイ:けっこう。そういうふうに、考え事をしなければ、それが「ワタシにだけ帰依する」ことなんだよ。考え事が無い時、君は解放されているし、悲しんでいないだろう?
ゴリオサナイン:はい。
クルシュウナイ:「悲しい」というのは「悲しいと思うこと」だよ。だから何も思わない時に、「悲しみ」はどこにあるのかね?
ゴリオサナイン:どこにも有りません。
クルシュウナイ:そうさ。だから考え事から自由な "I AM" 実修は、ただそのままで「ワタシにだけ帰依する」ことなんだよ。
ゴリオサナイン:それで安心しました。(アイポットンの録音を確かめる。)今日いただいたテキストと録音で勉強し、"I AM" 実修を続けます。
クルシュウナイ:けっこう、けっこう。
ゴリちゃん:(バナナイカバナナイカバナナイカ、と胸をたたく。)
クルシュウナイ:バナナに eka एक(一つ)がついて連声の a + e = ai だからバナナイカ、それが三つだから、三人でバナナを食べようと言っているんだね。なんと賢いゴリラだろう。よし、君にゴリラージャという名をさずけよ う。ゴリラのラージャ rāja राज(王)という意味をこめてね。
ゴリオサナイン:(バナナイカは、バナナ無いか、という意味なんだけどねえ。言いにくいけど、まあ三人でバナナを食べようというのとかわらないからね。)
クルシュウナイ:(バナナを一本ずつ配って、みんなでおいしく食べる。)
ゴリオサナイン:それでは、たいへんありがとうございました。( ゴリオサナインとゴリラージャは帰路につく。)
クルシュウナイ:(卓越した弟子を二人も持ったクルシュウナイは、感激のあまり深い三昧に入り、残っていたバナナは猿たちがやって来て全部持ち去ったとか。来る者拒まず去る者追わずのクルシュウナイ・アーナンダ様なのでした…)