2011年12月14日水曜日

『ばガヴァド・ギーター bhagavad-gītā』ダヤーナンダ選集 10 節


『ばガヴァド・ギーター bhagavad-gītā』


ダヤーナンダ選集 10 節


ゴリオシナンダ:クルシュウナイ様、『ばガヴァド・ギーター bhagavad-gītā』略解というのを閲覧したのですが、42 でも 19 でも多いので、もっと数の少ない選集を私にお与えください。
クルシュウナイ:Who are you?
ゴリオシナンダ:私はていねいに物事を頼んで押し通すだけなのに、人は私をゴリオシナンダと呼んでいます。
クルシュウナイ:なるほど。19 だけでも多いのかね?
ゴリオシナンダ:多いです。
クルシュウナイ:15 ぐらいがいいのかね?
ゴリオシナンダ:いえ、もっと減らしてください。
クルシュウナイ:なるほど、君のあだ名の意味がわかったよ。早いとこ妥協してしまおう。10 ならどうかね?
ゴリオシナンダ:ありがたき幸せ。それなら二つの手で数えられますから OK です。
クルシュウナイ:念のため聞いておくが、君の名前はゴリラナンダかね、それともゴリオシナンダかね?
ゴリオシナンダ:前々回まではゴリラだったとある霊視者が言うのですが、前回は人間だったようです。
クルシュウナイ:私は過去を問わないから、次の 10 節でどうかね?
  • 2.11 聖師クリシナは言った:
    嘆かざるを君は嘆き 賢こそうな言葉語る 死者と生者のどちらをも 嘆きはしない賢者たちは
  • 2.21 カレを不壊・常住と知り カレは不生・不滅と知る その人はいかに アルジュナよ 誰を殺させ殺せるか?
  • 2.55 聖師クリシナは言った:
    人が欲望捨てる時 心の底から洗いざらい 自己に自ら知足する 智慧の確立者と言わる
  • 9.04 ワタシで満ちるこの全体 宇宙は非顕現の様で ワタシの内に宿る万物 ワタシはそれらに宿らない
  • 3.03 聖師クリシナは言った:
    この世に二つの立場あり 前に我に説かれたように 理論家たちの知識ヨーガ 実践者たちの行動ヨーガ
  • 2.47 行為だけが君の権内 決して結果にこだわるな 行為の結果を当てにせず 君はこだわるな不(行)為にも
  • 18.46 万物出て来るカノモノを 宇宙に満ちてるカノモノを 自己の行為で崇めれば その者見る円満成就
  • 5.06 行為の放棄はアルジュナよ 行為無しではむずかしい 専修静者はブラフマンに 時を経ずして到達す
  • 5.13 すべての行為を心にて 打ち捨て楽に坐す支配者 九門の都で自我の王 何もしないしさせもせぬ
  • 18.66 あらゆる義務など捨て置いて ワタシにだけ帰依するがよい ワタシがすべての邪悪から 解放してやる悲しむな
ゴリオシナンダ:私はゴリラ時代からだと思うのですが、指を 10 本持っていますので、毎日1本に一つの詩節を当てはめ、じっくり味わっていきたいと思います。
クルシュウナイ:けっこう。
ゴリオシナンダ:私は自分でもどうして『ばガヴァド・ギーター bhagavad-gītā』に興味を持ったかはわからないのですが、とにかくチャレンジしてみたいのです。
クルシュウナイ:けっこう。
ゴリオシナンダ:読んでも、意味はよくわからないとは思うのですが、指が 10 本あるので、10 節をものにしたいのです。
クルシュウナイ:けっこう。
ゴリオシナンダ:18.46 に「万物出て来るカノモノ」とありますが、ゴリラも人間もカノモノから出て来るのでしょうか?
クルシュウナイ:そうだよ。
ゴリオシナンダ:そうしますと、私と私の前身たちのパパはカノモノでしょうか?
クルシュウナイ:そうだよ。
ゴリオシナンダ:5.06 に「専修静者はブラフマンに 時を経ずして到達す」とありますが、カノモノとブラフマンとは同一でしょうか?
クルシュウナイ:そうだよ。君はなかなかカンがいいね。
ゴリオシナンダ:私の前世を霊視した人は、私はゴリラの中ではカン随一と言われていたそうです。
クルシュウナイ:ほーお。
ゴリオシナンダ:クルシュウナイ様、私を「専修静者」にしてください。
クルシュウナイ:クルシュウナイ、近(ちこ)う寄れ。(ここで "I AM" 実修を伝授する、)
ゴリオシナンダ:私は 10 節と "I AM" 実修に命をかけます。
クルシュウナイ:けなげなゴリラ、いやゴリオシナンダ君、成功を祈るよ。
(ということで、ゴリオシナンダは胸をドンドンと叩いてお礼の挨拶をし、ノソリノソリと立ち去ったのでした。クルシュウナイは、これはアルジュナの妾やエンギナンダよりもモノになると思ったことでした。)