2011年12月12日月曜日

みんなのギーター2章61節

bhagavad-gItA 2.61


[テキスト]




[解説]


  1. これらの感覚をすべて制御して心を調えて:目・耳・鼻・舌・皮膚という、五つの感覚器官が、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚という感覚作用をするのに、感覚神経というものが必要です。それをまとめているのが、心の働きで、肉体的には大脳という中枢神経が、その役目を持っています。
  2. 和他私に専念するがよい:自分(私)のほかのものを、他と区別して、私たちは、自分(私)と他が全然別なものだと思っています。でも、自分(私)の親、こども、兄弟・姉妹のことは、自分(私)のものと思います。そして他人は、自分(私)のものではないと思います。大切なものは自分(私)のものと思い、大切でないものは自分(私)のものではないと思います。親は、自分(私)を生んでくれました。だから、大切な自分(私)のものです。では、自分(私)をも、ほかの全部の他をも生んでくれたのはダレでしょうか? そのダレカを和他私(ワタシ)と呼ぶなら、その和他私(ワタシ)が、いちばん大切なダレカではないでしょうか?感覚を他に向けるのではなく、心(大脳=中枢神経)を調えて、いちばん大切な和他私(ワタシ)に集中しなさい、というのです=和他私に専念するがよい。
  3. 感覚を真に制御する者の智慧は確立している:感覚器官←→感覚神経←→大脳(中枢神経)の仕組みをよく知り、心を強くしないといけませんね。



[参考]


集中力を育てる:習性の引力圏は、まず自分の頭の中にあるのですが、家庭にも社会にもあり、全体としてはかなり強烈です。自分・家庭・社会のこれまでのあり方を改めるには、目標となるモデルが必要です。改革・変容のモデルとしての聖賢や共同体を設定して、それをいつも念頭に置いて集中し続けるのでなければ、クモの巣のような習性のしがらみから抜け出ることはできません。まず、自分の修行を通してそのようになりたいと思うグルを決め、その教えを熱心に学修することです。それを究極の理想としながら、自分よりも修行の深まっているその道の先輩や仲間たちの生き方をも、よく見習うようにしましょう。頂上に行き着くまでには、色々な危険もありますから、適切なガイドをしてくれるベテランや、疲れたときに励まし合う仲間たちの援助も必要です。しかし、もっとも重要なのは、頂上を見失わない集中力です。