2011年12月8日木曜日

kriyat06 メンタル体へのクリヤー(2種)


!!クリヤー・ヨーガ kriyA-yoga の実修に入る前に『ハた・ヨーガ・プラディーピカー haTha-yoga-pradIpikA』1章2章の実修が必要です!!勝手にクリヤー・ヨーガ kriyA-yoga だけを実修して心身の不調に陥っても、当教材の提供者は責任を負いかねますのでご注意ください!!

第6章 メンタル体へのクリヤー(2種)


[A 脳と覚触]



http://youtu.be/5T76Cnonr00

今までのところを簡単に復習しますと、意識を肉体から脊髄神経に合わせ、脊髄をスシュンナー suSumnA に置き換えて、各神経叢(そう)に該当する中枢であるチャクラに、下から順番に意識を合わせていって一つ一つの節(ふし)として昇ってきたということです。肉体的には本能・生殖作用に関係ある下の方のチャクラから、社会的に充実した活動ができるマニプーラ・チャクラ、そしてもっと広がってマザー・テレサのように慈愛の生命活動ができるアナーハタ・チャクラへ、さらに一切に囚われない人格をつくりあげてくれるヴィしゅッだ・チャクラ、そして全体生命を観ようという欲求・意志が生じて、それを可能にしてくれるポイントになるアーギヤー・チャクラへ昇る行法をしてきました。アーギヤー・チャクラというのはハードとしては脳にありますから、その大脳で考えたことが、脊髄を通って、そこから出ている末梢神経を通じて手足を動かしています。ぼくが今言っていることは、ぼくが頭で考えていることです。頭で考えたことが、末梢神経を通じてぼくの口・舌などを動かして、それが空気を媒介として音として振動しているのです。そして皆さんの耳に入って、皆さんの耳から聴覚神経を経て、判断脳に行っています。その口とか耳とかを別にすると、脳と脳の交流なのです。あるいはアーギヤー・チャクラとアーギヤー・チャクラの交流なのです。そこがうまくいかないわけです。

なぜうまくいかないのか?皆さんの大脳に先入観念が詰まっているからです。ぼくがこう言っていることがストレートに入って行きにくいということは、皆さんがぼくの言葉を聞いたときに、あれはこうだと判断する体験記憶を大脳にためこんでいるからなのです。先入観念入ってきて記憶・判断領域を占めている観念 = preoccupation = pre-・あらかじめ + occupation・占領しているもの)が皆さんの中にあるのです。それは皆さんが執着しているものです。執着していなかったなら、そういうものは無いのですが。先入観念としての偏見が多いわけです。あれはこうだ、と自分の好き嫌いで判断して体験してきたことですから、正しいものではなくて、好き嫌いという執着に支配された観念が多いのです。ですから、聖者方の言葉をいくら聞いても、なかなか彼らと同じようになれないのです。私はこう思うというものを持っていますので。そこを浄化していかなければいけません。問題になるのはスシュンナー suSumnA(肉体レベルでは脊髄)よりも、その上に乗っているアーギヤー・チャクラ(大脳)なのです。そこに入って行こうということで、メンタル体へのクリヤーを行なうわけです。


もう一度、第2章の図をごらんください。アーサナのところは日常生活の身体行動だと思ったらいいでしょう。身体行動しているときに使っているのは末梢神経です。末梢神経に指令を下しているのは、脊髄脳という中枢神経です。脊髄よりも問題なのは脳です。そこから指令がおりてくるわけですから。アーギヤーというのは、commandment(命令・指令)と いう意味です。指令するのは皆さんの頭なのです。それが脊髄を伝わって、末梢神経を経て手足に行きます。ヨーガの修行は逆に、アーサナをして肉体から脊髄に意識を集め、そこから意識を上げて脳に持っていく方法を採っています。脳そのものに集中する[=一心一点集中 dhAraNA する]までに、段階を踏んでいきます。曹洞宗のほうでは、体操なんかはしないで、最初から頭で考えたことを手放すという覚触一本やりでいきます。あるいは臨済宗のように公案を用いて、何かに集中させる。公案に集中するのは、われわれの手足ではなく、頭ないしはアーギヤー・チャクラをもってです。ですから禅の世界に入る人は、もうそこまで行った人でないと持たないのです。ヨーガの場合にはほとんど病気治しとか、悩み相談から入ってきますので、体操して体を治してとか言うのです。それで 30 年、40 年たってしまう人たちもいるわけです。でもそれはヨーガとは本質的に関係ないのです。だまされてはいけません。

でも、いつでも何を考え・話し聞き・しているのかに気づいていたなら、クリヤーもいりません。ぼくは自分でこういう教材を考えても、もうしていません。いつでも頭で考えていることに気づくという、覚触一本やりの修行しかしていません。でもそれができない人は、クリヤー・ヨーガなどをして、とにかく頭の中心に意識を持っていって、そこから動かないということをするのです。このメンタル体へのクリヤーのあと何をやるのかというと、頭の中心に星が描いてあるでしょう。そこに意識を定めておいて、ちょっとしたことでも考えたら、それに気づき・認め受け容れ・すばやく手放すということを、一瞬のうちにやってのけます。それを一瞬一瞬続けていくのです。そこのところを内山老師は、発心(ほっしん)百千万発と言われました。覚触(かくそく)百千万発ということです。気づき百千万発。ティクナトハン先生は mindfulness と言われたのです。ヨーギンたちは awareness(cit。意識。気づき)と言うのです。なんと言ってもいっしょです。クリスチャンなら、神のみ心のままに[気づきをもって]、と言うことでしょう。





[B 引上と循環1]


今回は、二種類のメンタル体へのクリヤーを選んでおきました。初めのは意識の引き上げと頭部循環です。最初に意識しておくのは、ムーらーだーラ・チャクラ(会陰)のところです。で会陰からスヴァーでぃシたーナ・尾骨、そしてマニプーラ・へそ背面まで、一気にオームでここまで上げてしまいます。これが苦手な人は、へそ背面から始まってもいいのです。そしてでアナーハタ・胸背面に昇って行きます。でヴィしゅッだ・首の背面に昇って行きます。で 頭の中心に斜め上に昇って行って、アーギヤー・チャクラをとらえます。ここまではどういうことかというと、脊髄神経・スシュンナーにたまっているエネルギーを頭部に上げていくのです。低次のエネルギーを高次のエネルギーに導いていくのです。ですからその時点では、もう手足がどうのこうのとか、そんなことはもう考えていないのです。体のどこかがおかしかろうが、そんなことは関係なしに、この脊髄神経を昇って行くという求心的な動きだけに集中します。逆に頭のほうから末梢神経に行くのは、遠心的な動きですね。

クリヤー・ヨーガの修行というのは、まず求心性を求めます。カルマ・ヨーガというのは遠心的なものですが、修行はまず求心的に行ないます。で頭の中心から、いったんつむじ・ビンドゥに出ます。でつむじから頭のてっぺんサハスラーラに行く。で頭のてっぺんから眉間表面部・aj に出て、で眉間表面部から頭の中心・Aj にもどります。これでからまでですので、息が長い方は、息をすいながらからまで一入息で昇っていって頭をぐるりと回るわけです。息が足りない方は、息をすいながらからまで行って、それからはきながらからま でと分けてもかまいません。できれば一息ずつで行けるようになるといいです。最低8秒で行くようにしないといけないですが、長い人は全体で 16 秒あるいはそれ以上でできるでしょう。一息で行けない人は、呼吸がちょっとヨーガの修行には不充分なのです。そういう人は、たぶん腹胸式呼吸ができていな いのだろうと思います。肺が発達してないのだろうと思います。そういう人は、ナーディー・しょーだナ nADI-zodhana を充分に実習するとよいでしょう。

まで来たら、ストンとまっすぐムーらーだーラ・チャクラ(会陰部)に意識を落としてやって、またここから同じことを繰り返します。そうしたなら、息が短い人のために、息つぎを無視して、図を見ながら、あるいは目を閉じてぼくの言葉を頼りに、肉体対応点にきちっと自分の意識を定めていくということをしましょう。位置の確認ですが、端坐して、まず会陰部に意識を合わせます。会陰は女性の場合には、膣腔(ちつこう)のあたりからやや上 のところです。男性の場合には肛門と男性器の付け根の中間くらい、肛門のやや手前です。そこに意識を合わせておいてください。そこから後ろにいって、尾てい 骨の末端のほうに意識を動かしていってみてください。それがスヴァーでぃシたーナ・チャクラの対応点です。そこから背骨を昇っていって、へそ背面のところに意識を定めてください。マニプーラ・チャクラです。そこから背骨ぞいに昇っていって、胸中心の背面と思われるところを意識してください。アナーハタ・ チャクラです。そこから背中をもっと昇っていって、勁椎(けいつい)のほうに行って、首の背面の中心のヴィしゅッだ・チャクラを意識してください。その首の背面から、斜め上に昇っていって、頭の中心に入れていってください。眉間の奥の頭の中心と思われるところ、そこに意識を定めておいてください。アーギヤー・チャクラです。そこから斜め後ろに出て、つむじあたりに意識を持っていってください。ビンドゥ bindu と呼ばれているところ。そこから頭のてっぺんに昇っていって、頭頂部・サハスラーラ、ちょうど会陰のま上になります。そこから頭をスーッと前のほうにおりていくような感じで、眉間のあたり、眉と眉の間、眉間・aj のところに出ていきます。そして眉間の奥のほうに入って、頭の中心・Aj にもどっていきます。以上のような道筋で下から上げて、頭の中心に入ってぐるりと回るようにするのです。

[C 引上と循環2]


息がものすごく短いという人は、こうしたらいいのです。いったん息をはいておいてください。息をすいながら、会陰を意識してオームと唱えます。息をはきながら、またオームと唱えます。それでムーらーだーラ・チャクラ。つぎに息をすうときにスヴァーでぃシたーナ・チャクラ・尾骨末端に行きます。そこでオー ム。息をはきながらまたオームで、そのままスヴァーでぃシたーナ。そのつぎ息をすうときにオームと唱えて、マニプーラ・チャクラ・へそ背面に意識を合わせます。息をはきながらそこでオームと唱えます。息をすいながら胸背面に昇ってオーム・アナーハタ・チャクラ。息をはきながらまたオームと唱えて、もう一度アナーハタ・チャクラ。息をすいながら首背面に昇っていって、オームと唱えます。ヴィしゅッだ・チャクラ。また息をはきながら、オームでヴィしゅッだ・チャクラにとどまります。つぎに息をすいながら頭中心に入ってオーム・アーギヤー・チャクラ。息をはきながら、もう一度オームでアーギヤー・チャクラにとどまります。息をすいながらつむじのほうに出ていってオーム・ビンドゥ。息をはきながらオーム。息をすいながら頭頂部に昇っていってオーム・サハスラーラ。息をはきながら、もう一度オームでサハスラーラ。息をすいながら眉間表面部に出ていってオーム・アーギヤーの前面。息をはきながらオーム。息をすいな がら頭の中心に入っていきオーム・アーギヤー中心。息をはきながらオーム。最後のところでスーッと会陰におろして、また息をすいながらオーム・ムーらー だーラと、一入息一出息ずつゆっくり行ないます。

そのつぎの段階としては、息をすったらムーらーだーラで、息をはいたらスヴァーでぃシたーナ、息をすったらマニプーラ、息をはいたらアナーハタと、一入息でひとつのチャクラ、一出息でひとつのチャクラと進んでいくと、今の時間の半分でできますね。

そのつぎにもうちょっと息を長くできる人は、いったん息をはいておいて、息をすいながらオーム・オームでムーらーだーラ・スヴァーでぃシたーナと一入息で二つ動いていく。そのつぎは息をはきながら、オーム・オームでマニプーラ・アナーハタと昇ります。また息をすいながらオーム・オームでヴィしゅッだ・アーギヤーと行きますね。そのつぎ息をすいながらオーム・オームでビンドゥ・サハスラーラと行きます。息をはきながらオームで眉間表面部に出て、オームで頭の中心にもどります。そしてストンと意識をおろします。そしてまた息をすってムーらーだーラ・スヴァーでぃシたーナ。一入息で二つのチャクラを動き、一出息で二つのチャクラを動く。それぐらいなら誰でもできるのではないかと思います。

そのようにして息を少しずつ長くしていって、クリヤー(めぐらし)のスピードを上げていきます。最終的には、息をすいながら八つを全部通過して昇っていく。つぎに息をはきながら同じことをしてすぐ降りる。一入息でこのクリヤーを一回やって、一出息で同じクリヤーをやってしまう。それを繰り返す。

[D 引上と循環3]


そこまでは今できませんので、中間的な行法を行ないます。息をすいながら四つ昇っていき、息をはきながらあとの四つを回るというように、八つを四つ・四つに分けます。四つで、頭の中心まで昇っていきます。それで最初のムーらーだーラ・スヴァーでぃシたーナ・マニプーラをと数えます。最初の入息の段階でこの三つのチャクラを素通りして、でアナーハタ、でヴィしゅッだ、でアーギヤーと進みます。息をはきながらつむじ、頭頂部、眉間表面、頭の中心でぐるりと回ります。これがいちばん一般的な仕方でしょう。もっと息が長い人は一入息でおこなって、そのつぎクンばカ kumbhaka で同じことをして、息をはきながらもういっぺんクリヤーしてとか、どんどん発展させていくことができるのですけれど…

では図を見るか、あるいは目をつむって言葉を頼りにクリヤーしてみてください。いったん息をはいていってください。息をすいながらムーらー だーラ・スヴァーでぃシたーナ・マニプーラ、続いてアナーハタ→ヴィしゅッだ→アーギヤーと昇っていきます。これでわかりにくい人のために、日本語で言っていきます。もう一度息をはいておいてください。息をすいながら会陰・尾骨・へそ背面、続いて胸背面→首背面→頭中心と進みます。

ではそのつぎに息をはきながら、ぐるりと回るところを続けてみます。いったん息をはいて会陰を意識しておいて、息をすいながら会陰・尾骨・へそ背面、胸背面、首背面、頭中心;息をはきながらつむじ、頭てっぺん、眉間、頭中心。

単純なことですが、このようにして有根身・肉体末梢神経から、エネルギーを中枢神経のほうの脊髄と脳のほうに集めていくのです。その目的意識を忘れないでください。外の世界のことはもう忘れていくから、成功すればプラティヤーハーラ pratyAhAra(感覚制御)が成立し、脊髄と脳に対するだーラナー dhAraNA が成立します。意識を動かしているのだけれども、だーラナーの対象として、脊髄と脳しか無くなります。そこでプラティヤーハーラ・だーラナーと、ラー ジャ・ヨーガとも言われているアシターンガ・ヨーガ aSTAGga-yoga の、5番目と6番目を実行していることになるのです。今しているのを別にしてもう一度行なったなら、腰の力を抜いてリラックスしてください。

では今度はオームマニペーメーフーン…のマトラとともに行なってみます。maNi は正確にはnの下に点を打つのです。日本語のニよりも舌が巻き上がってニという感じなのですが、むずかしいので普通のニでかまいません。マニ maNi は宝珠、宝という意味です。オーム om は全体生命 Self の響きを表わしたもの。マニ=全体生命の中の宝。ペーメーはパドメー padme といっしょで、蓮華の内なるという意味です。辞書には padma で出ています。それの処格ということで、in 〜においてということです。パドマに秘められたこの宝珠よ、ということです。フーン hUm はオームといっしょで聖音です。

オームタトサトオームですが、オームは om です。タト tat は英語の That、アレに当たります。アレとは何か? 全体生命 Self のことです。サト sat は真実在とも訳されますが、たった一つあるのは全体生命だけ。そこに私がいて、あなたがいて、と思っているのは頭の分別にすぎない。それじゃないアレだ、アレとしか言いようがないですね。しいて代名詞を使うと、タトサトというのは、クリシナ kRSNa とかキリストとかブッだとかいうのといっしょです。私はソレなんだということです。ですからこれをひと言でいうとソーハン so'ham(我はカノモノなり)・I'm That(私はアレだ)、ということです。アレというのは全体生命、Whole(ness) のことです。クリスチャンたちは、God とそれを呼びます。インド人たち、ヴェーダーンティン vedAntin たちは、アートマン Atman とかブラフマン brahman と呼んだりもします。

そうしたなら私も、私たちも、すべては全体生命であるというマントラを唱えながらクリヤーをしていきます。息をすいながらオームでムーらーだーラからマニプーラまで一気に上がります。続いてマニと唱えながら、マニプーラからアナーハタに進みます。ペーメーで、アナーハタからヴィしゅッだに行きます。フー ンで、ヴィしゅッだからアーギヤーへ入っていきます。そのつぎのオームで、ビンドゥ・つむじに出て、タトでサハスラーラ・頭頂部に出て、サトで眉間表面部に出て、オームで頭の中心にもどって、すぐ意識をムーらーだーラに落として、そして息をすいながらまた同じマントラ、オームマニペーメーフーンと繰り返し ます…

では自分でしばらく繰り返して、静かにクリヤーとマントラ内唱を行なってください…できる方は、舌を巻き上げてけーチャリー・ムドラー khecarI-mudrA をしながら行なうと、なおけっこうです。それに、のどの気管を空気あるいはプラーナ prANa が行ったり来たりするのを感じながら、ウッジャーッイー・プラーナーヤーマ ujjAyI-prANAyAma を加えていくと、なおけっこうです。このような行法をしていくうちに、スシュンナーぞいのチャクラのどこかで脈動を感じ始めたなら、それを知覚しながらクリヤーを続けていきます。あるいは肉体的に心臓の鼓動音が入ってくるとか、知覚できるもの一切を受容していきます。知覚するのだけれどもこだわらない。ただ知覚するだけ。それはそれでおしまい。手放していく。気づいているのと手放しは同時成立で、別ものではありません。

もし気持ちよく行なえて、どこかに集中したいという気持ちが生じてきた人は、つぎに息をはき終わったときにそのクリヤーをやめて、マントラを唱えても唱えなくてもけっこうですから、意識を自分で集中したいところにとどめておきます。つまりクリヤーからだーラナーへです。そのままだーラナー・だーラナー…を続け、あるいはハズレたならそこにもどるというだーラナー覚触一本やりで、行けるところまで行ったらいいでしょう。その過程で集中力がだらけてきたなら、クリヤーにもどって、もう一度引きしめ直します。気を引きしめるという日本語がありますね。この場合の気というのは、脳脊髄から末梢神経にもれてしまった気。プラーナ・神経エネルギーを引きしめてというのは、脊髄脳に気を集めて集中するということです。よく言葉に気をつけてください。さりげなく、気の分散とか気の集中とか、昔からよく表現されているのです。つぎに息をはくだんになったら、腰・背中・首・頭の力をゆるめてリラックスしてください。今のは、メンタル体へ入っていくための意識の引き上げと頭部循環ですね。頭の中心に意識を合わせておくなり、どこかほかのところに集中していて、集中に成功したり、思いに気づいたら、それはもうメンタル体に入っていった*ということです。それを最初からできればいいのですが。このようなクリヤーをしなくても、頭で何を考えているかにいつでも気づいていたら、それでいいのです。そういう人はクリヤーをする必要はないのです。そういう意味でのクリヤーはする必要はないということです。

*[参考](メールでの問い合わせに対する返信から]
cakra に言及する場合、ほとんどは prANamaya-koza(生気鞘。生気所生我)の領域においてです。mUlAdhAra から vizuddha (vizuddhi) までは prANamaya-koza でのエネルギー中枢と考えてよく、それらに対応する神経叢・ホルモン分泌器官が肉体において言及されているのはよくご存知かと思います。問題は AjJA で、このチャクラは prANamaya-koza と manomaya-koza の掛け橋のようになっている点です。眉間部に現われてくる青紫系のぼんやりとした程度の光は prANamaya-koza でのエネルギー活動状態ですが、dhAraNA が深まっていって黄金色の光が次第に勢いを増し、中心に白色の点(円)が確定されてきた段階では prANamaya-koza から manomaya-koza に移行していて、その時点ではメンタル体へ入ってしまっています。prANamaya-koza(生気鞘。生気所生我)の vizuddha 以下のチャクラを認識できるのは、実際には AjJA-cakra ですが、この意味でのチャクラは生気体に属するのではなく、メンタル体に属しているという意味で、kriyA と dhAraNA を利用して「メンタル体へ」と説明しておいたのです。「メンタル体」を特殊なものとして考えてしまうと、霊視ができない人たちには神秘的に思われるかもしれませんが、なんのことはない、考え事をしている領域、つまり大脳に関係していることですから、だれでも毎日「メンタル体」と共に生きているのです。問題は「メンタル体」の考え事はどこから来ているのか?のほうで、「コーザル体」における「恆転如暴流(ごうてんにょぼる)」 を、ほとんどの人が自覚できないまま生きていることです…簡単に言いますと、考え事はどこから来ているのか?を探究するのが修行で、考え事である「メンタ ル体」のエネルギー prANa の活動を霊視したからといって、何も解決はされません。ですから“思いの出所の探究”を説くラマナマハルシの教えが行き着くべき修行の究極です。






[E 中8の字循環]


そうしたなら、中8の字循環に移りましょう。これの元になっているのは、サティヤーナンダ先生の伝えているクリヤー・ヨーガです。『クンダりニー・タント ラ Kundalini Tantra』という本の最後のほうに、20 のクリヤーが出ています。その中で使われるめぐらし方で、前面から入ってつむじに出て、それから頭の中心から背面に行っておりていく8の字をしているので、ぼくは8の字循環と呼んでいます。背骨を中心に上がったり下がったりするのは、バーバージーからヨーガーナンダなどに伝わった系統のクリヤーの代表的なものです。サティヤーナンダ先生に教えたベンガルのクリヤー・ヨーギニーが、こういう8の字にめぐらすクリヤーを伝授したのでしょうが、その人にどこから伝わって固定されたものかはよくわかりません。

精神集中力のある人は、最初のクリヤーだけでいいのですが、目が外に向く人は8の字循環をして、前面のプラーナを背面に落としてやることをするとよいのです。このめぐらし方は会陰から恥骨前面に出て、それからへそに行きます。そのつぎ胸中心に行き、続いて首(のどぼとけ)のところに行きます。 そこからつむじへ斜め後方に昇っていく。ここまでが行き(上昇)です。帰るときはつむじから頭の中心に入ります。頭の中心から交叉(こうさ)するように首の後ろに出るのです。あとは簡単です。胸の背面・へそ背面・尾骨・会陰ともどっていくだけですから。

ではこれを、息をすいながら最初で会陰・恥骨・へそと行くところをしてみましょう。いったん息をはいて、会陰に意識を合わせておいてください。息をすいながら会陰・恥骨・へそ。スーッと前面にきれいな孤を描いて昇っていくような感じで。今度はそれにつなげて前面を昇っていきます。いったん息をはいておいて、息をすいながら会陰・恥骨・へそ。続いて胸→首→つむじ。そこまでが上昇です。そうしたら今度はつむじのところからおりていく練習をしますから、つむじに意識を合わせておいて、息をすっておいてください。はきながら頭中心→首背面→胸背面→へそ背面。最後のへそ背面のところで、今度はへそ背面から尾骨・会陰までスーッとおりてしまうのです。ではそこを練習してみましょう。息をすっておいて、つむじを意識しておいて、息をはきながら頭中心→首背面 →胸背面→へそ背面・尾骨・会陰と一気に下までおります。それを組み合わせるのです。

マントラと共に行ないますと、オームで会陰・恥骨・へそと一気に昇ります。マニで胸に昇っていって、ペーメーで首に行きます。フーンでつむじに出ます。そしてそのつぎのオームで頭中心に行って、タトで首背面に出て、サトで胸背面 に行って、最後のオームで一気にへ そ背面・尾骨・会陰とおりていきます。ではいったん息をはいておいて、会陰に意識を合わせておいてください。では息をすいながらオームマニペーメーフー ン・オームタトサトオーム、オームマニペーメーフーン・オームタトサトオーム、オームマニペーメーフーン・オームタトサトオーム…










参考ムービー(1999.11 クリヤー・ヨーガ kriyA-yoga 第2回講習会から) http://youtu.be/6JJo1N7Tst0